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続編―台湾におけるCOVID-19対応

著者

COI

注:この記事は、有識者個人の意見です。COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
  • 台湾では、中央政府の対策本部であるCECCが絶対的な司令塔であり、感染対策を最優先して妥協しない。
  • 政策の変更には、国民が納得するきっかけとなる事例がある。
  • 国内感染封じ込めに成功したため、水際対策として入国制限と入国後の在宅検疫を厳格に継続している。
  • 院内感染クラスターが出た病院内にCECCの出向拠点ができるなど、病院と対策本部の連携は緊密だ。
  • 水際対策は時間稼ぎに過ぎないが、1年以上持ちこたえた。今、市中感染拡大の新たな局面を迎えている。

1. はじめに

筆者は、日本育ちの台湾人で、現在東京で産婦人科医として周産期医療に携わっている。COVID-19発生当初の2020年1月より、台湾に関するCOVID-19情報を集めていたため、2020年7月に日本医師会COVID19有識者会議に寄稿する機会をいただいた(台湾におけるCOVID-19対応 | COVID-19有識者会議 (covid19-jma-medical-expert-meeting.jp))。

「台湾は、厳しい水際対策を敷いたが、国内は都市ロックダウンを避け市民生活での制限は最小限に抑えながらも、世界各国から高く評価される成果をあげた。」というサクセスストーリーで前稿は幕を閉じたわけだが、その後もパンデミックは続いた。本稿では、その後の台湾について紹介する。

1-1. COVID-19対策「台湾モデル」

台湾では、感染症に関しては、衛生福利部(Ministry of Health and Welfare; 厚労省に相当)の配下にある疾病管理署(Taiwan Centers for Disease Control; 以下、台湾CDC)が行政上の責任部署として、国内外の感染症の監視から政策立案・実行までを担う。2020年1月20日に行政院(内閣に相当)の同意のもと、台湾CDCはCOVID-19対策本部として中央流行疫情指揮中心(Central Epidemic Command Center; 以下CECC)を立ち上げ、今日まで、衛生福利部長(厚生大臣に相当)である陳時中氏が総責任者として首相級の権限を持って陣頭指揮を執っている。日本の用語に当てはめると、彼の役職は「対策本部長」となるが、本稿ではあえて台湾で使われている「指揮官(Commander)」という役職名を使用する。その理由は、指揮官という呼び名の方が実際の役割を表しているからだ。本稿を読み進めていただければ、その理由は読者の皆様にも自然とおわかりいただけるだろう【図表1】。

図表1
中央流行疫情指揮中心(CECC)の組織図
以下のリンクページより抜粋
中央疫情指揮中心- 臺灣嚴重特殊傳染性肺炎(COVID 19)防疫關鍵決策網 (mohw.gov.tw)

CECCは、感染症対策の専門家集団である台湾CDCを中心メンバーとし、各省庁から必要な人材が集められている。指揮官の統率の下、COVID-19に関する情報を一元的に管理し、対策を打ち出す。CECCが地方政府に対して指示命令を出し、地方の担当部門(保健所や警察署など)が現場を回す。必要に応じてCECCは人員を現地に派遣し、現場との協働体制を組むこともある。

中央政府の各部門は、所管業務と感染対策の関連性を自認し、感染対策に関わる部分は必ずCECCの意見や承諾を得る必要がある。例えば、海外在住の台湾人救出ミッションは外交部(外務省に相当)、観光振興は交通部(国土交通省に相当)、経済振興は経済部(経済産業省に相当)が所管部門であり、国内外の感染状況とその時々の感染対策と矛盾しない政策が施策されてきた。そして、これらの政策の中で、常に感染対策が最上位にあり、感染対策を妥協して他の政策を優先するようなことはない

台湾のCOVID-19対策は2019年12月31日から始まり、試行錯誤しながらシステムが構築された。2020年5月ごろには現在のシステムが完成し、以降、この出来上がったシステムを粛々と運用し、警戒態勢を厳しく保ちながらも国内の生活は通常運転している。その成果は【図表2】で示されているとおりである。2021年5月12日時点で感染者累計1231人(内、死亡12人)。大部分が海外輸入例であり、国内感染例は限定的だ。入国者の隔離を徹底することで国内感染を防ぎ、また、その隙間から漏れて発生した国内感染を素早く見つけて感染者と接触者を隔離することで、感染の広がりを早期に封じ込めている。2020年5月以降、国内感染に至ったいくつかのクラスターについては、第2章でそれぞれ後述する。

図表2
台湾におけるCOVID-19新規感染者数の推移
台湾CDC発表資料を元に筆者が作成

台湾は、COVID-19発生以来、公衆衛生学の古典的な手法を用いた感染対策をずっと続けている。すなわち、感染者を発見したら、感染者を隔離すると同時に濃厚接触者を洗い出し、検査や隔離を指示する。感染者は全員指定された病院に入院し、症状消失後に2回連続PCR検査陰性を確認するまでは退院は許されない。感染者数が爆発的に増えたら破綻する手法だが、言い換えると、台湾ではこの手法が有効な範囲内に感染が抑え込めているのだ。

古典的な手法ではあるが、「隔離の徹底」を行うことで成果を維持し続けている。①全入国者の14日間の在宅検疫、②濃厚接触者の在宅隔離、③感染者の入院隔離、は厳しい基準の下に確実に遂行されている。台湾モデルの詳細については前稿(台湾におけるCOVID-19対応 | COVID-19有識者会議 (covid19-jma-medical-expert-meeting.jp))で述べているので、前稿を一読した上で本稿を読み進めることを強くお勧めする。

1-2. 台湾の入国者数推移

台湾は、水際対策として入国制限を早い時期から始め、2020年3月19日に外国人(居住証を持つ人や外交官などは除く)の入国を全面的に禁止し、入国者数を徹底的に抑えた。そして、国内の感染が完全に抑え込まれたことを確認した後、2020年6月末より段階的に国境を開放した。その後は各国の感染状況に応じて、入国規制を緩めたり厳しくしたりを繰り返しているが、入国後14日間の在宅検疫が全入国者に義務付けられている。また、2020年12月より、渡航前3日以内の陰性証明書の提出を全員に義務付けた。

【図表3】は、月別の台湾の入国者数を示している。2020年2月より入国者が激減し、3月に入国規制を設けた結果、最も厳しい時期は通常の1%未満の入国者数となっていたのがわかる。(注:2019年の出国者数実績は、最も多い月で262万人、少ない月で220万人であり、自国民がその約6割を占める。)2020年6月末より国境を段階的に開放したが、入国者数は月5万人前後で推移しており、前年同月比の2%程度に過ぎない。2021年1月に入国者数が少し増加したのは、旧正月(春節)に伴い、海外にいる台湾人が帰国した影響を反映している。また、パンデミックの悪化に伴い、2021年1月1日から3月1日にかけて外国人の入国制限を強化したため、その影響が入国者数にも反映されている。その後外国人の入国が再開されたが、観光や一般訪問は禁止されたままであり、且つ、14日の在宅検疫が実質的な足かせとなり、全体としては未だに厳しい入国制限を敷いている状態だと言って良いだろう。参考までに、日本の入国者数を【図表4】に掲載する。

図表3
台湾の月別入国者数
台湾の内政部移民署の公表統計資料を元に筆者が作成

 

図表4
日本の月別入国者数
出入国管理庁の公表統計資料を元に筆者が作成

 

2. 戦略策定に影響を与えた出来事

台湾のCOVID-19戦略は一貫しているが、状況に応じて柔軟に修正をかけている。ここでは、戦略修正に影響を与えた出来事について、時系列で述べる。

2-1. 輸出症例

誰かが渡航先でCOVID-19陽性と診断された場合、国際保健規則(IHR)に基づき渡航元の政府へ連絡が届く仕組みになっている。この情報を生かすも殺すも受け側次第なのだが、台湾政府は毎回渡航者の詳細情報を基に国内での濃厚接触者を洗い出し、PCR検査と抗体検査を行っている。【図表5】は、2020年6月から10月までの5ヵ月間、台湾からのCOVID-19輸出症例52人の内訳を示している。この52人に関する 調査の結果、接触者数は計1855人で、内1297人にPCR検査と抗体検査を実施し、全員陰性だった。また、14日間の観察期間内の発症者はゼロだった。よって、この期間、台湾国内で感染が広がっている可能性は極めて低いと結論付けた。

図表5
台湾から渡航先で診断された人数
2020年6月から10月までに間に台湾から出国し、渡航先でCOVID-19と診断された人数。CECC発表情報に基づき、筆者が作成。

このように、海外で診断された事例をもとに、台湾国内の監視体制を強化し、水面下で感染が広がるような事態をいち早くつかむ努力を続けている。長らくその努力が徒労に帰すようにも見えていたのだが、2021年4月にはこの努力のおかげで早期に国内の集団感染を見つけることができた(2-8で詳述)ため、一見無駄なように見えていても理論上正しいと思われることは継続することに意義があるのだと感じる。台湾が2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)以降、4000万枚のマスクを常に国庫に備蓄していたように。

2-2. フィリピンからの入国者

2020年7月26日、海外流入例の中でフィリピンの割合が高まったことを受け、CECCは水際強化策として、フィリピンからの入国者全員に対し空港でのPCR検査を開始した。台湾は「検査前確率の高い集団に対して検査を行う」という方針の下、入国者全員に対して空港でスクリーニング検査をやるようなことはそれまで一度もなかった。このとき、「フィリピンからの入国者=検査前確率の高い集団」と定義し、この新しい措置を開始したのだ。そして、大変興味深いことに、この水際強化策は、単に診断時期が早まっただけで感染拡大予防に対する貢献はないことが後日証明された。具体的な数字を見てみよう(【図表6】参照)。

 7月26日から8月2日までの間、フィリピンからの入国者で空港検査を受けた183人中、有症状20人で、このうち検査陽性は7人だった。検査陰性となった13人の中で、ひとりは症状が持続していることと慢性疾患を有していることから、そのまま空港から病院へ移動し、病院で2回検査した結果、2回目で陽性と診断された。台湾では、入国時に症状を呈している人、入国前14日以内に症状があった人は、全員検査対象となるので、水際強化策がなくてもこの20人は検査対象となっていたはずであり、水際強化策導入には影響を受けていない。

 水際強化策導入の成果を評価するために注目すべきは、無症状の163人だ。内、2人が検査陽性だった。これまでの仕組みだと、この2人は入国時点では検査対象にならないので、空港検疫では見過ごされていたことになる。しかし、この2人を検証すると、1人は感染者の配偶者なので、濃厚接触者として検出することができ、もう一人は、入国後2日目に発熱したので、その時点で発見することができただろうと推測できる。言い換えると、水際強化策導入前でも、無症状感染者2人は必ず診断できたということ。診断前から隔離を開始しているので感染拡大のリスクもない。違いは、早めに診断できたというだけである。183人という少ない母集団なので、統計学的な話はできないが、この結果は台湾の水際対策立案時の基本的な考え方に影響を与えた。

図表6
7月26日から8月2日までの間、フィリピンから台湾に渡航した人の検疫結果
7月26日から8月2日までの間、フィリピンから台湾に渡航した人の空港検疫結果の分布図。CECCの発表資料に基づき、筆者が作成。

8月9日時点で、台湾で診断された感染者の中で、7月以降の感染者32例中20例がフィリピンからの渡航者だったため、8月12日より、フィリピンからの渡航者の在宅検疫は一律集中検疫所で行われることになった(注:集中検疫所は、CECCが管轄する宿泊施設。COVID-19対応のために設置された。)。そして、無症状の人の検査陽性率が極めて低いこと(1238人中、有症状者の検査陽性率17.6%、無症状者の検査陽性率0.7%)、且つ集中検疫所にて在宅検疫を確実に行えることを理由に、9月24日には入国時の全数スクリーニングを中止し、その代わりに隔離解除前にPCR検査を行う方針とした。無症候性感染者を出口で最終チェックをする、という戦略だ。その後フィリピンの感染状況が落ち着いたので、11月9日にフィリピン強化対策は終了となった。

そして、この対フィリピン水際対策で生み出された「ハイリスク群は、入国時は有症状の人のみを検査し、在宅検疫終了時に再度PCR検査。在宅検疫場所は一律集中検疫所。」という方法は、その後の他のハイリスク入国者に対する水際対策にも反映された。

2-3. インドネシア人労働者

台湾社会は外国人労働者なしでは成り立たない。労働力の主な供給国はインドネシア、ベトナム、フィリピン、タイの4ヵ国だ。2021年3月時点の集計では、外国人労働者の総数は約71万人で、台湾の人口の約3%を占めている。外国人労働者の新規入国に関しては、2020年6月以降は雇用主の申請に応じて個別例ごとに審査が行われ、感染状況次第で多少ビザ発給が遅れることはあっても、原則は入国許可が出されている【図表7】。

図表7
台湾における外国人労働者の内訳(2021年3月末集計)
勞動部勞動力發展署の発表資料

正式な発表がなかったので理由は不明だが、2020年10月末よりインドネシア人労働者に対して在宅検疫終了時PCR検査を実施するケースが増えた。筆者が想像するに、インドネシア国内での感染拡大と、インドネシア人労働者の多くが介護職である(インドネシア人労働者の7割以上が介護職)ことを踏まえ、スクリーニング検査の必要性を見出したのではないかと思う。その結果、インドネシア人労働者の陽性者が続出した。CECCの調査の結果、感染者の多くは、インドネシア出国前に共通の研修所での滞在歴があったため、それらの研修所からの渡航者を一時的に入国停止させ、インドネシア側の研修所における感染対策強化を求めた。また、11月20日以降入国したインドネシア人労働者は全員集中検疫所で在宅検疫することを義務づけた。

その後、11月29日に集中検疫所にいたインドネシアからの労働者939人全員をPCR検査し、内23人陽性を確認した。インドネシア人労働者の陽性者は、2020年3月1人、4-9月0人、10月4人、11月78人(台湾の11月の全感染者120人中、インドネシアからの入国者は81人。)と膨れ上がっていた。その半数以上が渡航前の陰性証明書を持参していた(陰性証明書の提示は義務付けられていなかった)ため、台湾政府はインドネシア政府に対して陰性証明書と実態の乖離について調査・改善を求めたが、その申し入れは聞き入られず、最終的にはインドネシア人労働者の全面的な入国停止を発表した。この決定に対し、台湾国内では当然批判が出たが、政府は防疫優先の姿勢を崩さなかった。2021年5月現在、未だにインドネシア人労働者の新規入国は停止されたままだ。

2-4. 258日ぶりの国内感染

【図表4】のとおり、台湾では2020年4月以降長らく国内感染例がなかったのだが、2020年12月18日に258日ぶりの国内感染例(case 771)が見つかった。アメリカで感染したパイロット(case 765)の濃厚接触者だった。

短期間で国と国の間を往復する航空人員にとって、入国後14日間の在宅検疫は実務に大きな支障をきたす。そのため、台湾資本の航空会社(中華航空とエバ航空の2社)と交通部(国土交通省に相当)が協議し、2020年3月に『國籍航空公司實施機組人員防疫健康管控措施作業原則』を制定し、航空人員のための特例を設けた。この内容にはCECCももちろん承認を出している。この中で、パイロットは3日間、客室乗務員は5日間の在宅検疫、その後は自主健康管理で良いことになっていた。自主健康管理では、公共の場への出入り自粛、大型イベントの参加禁止、外出時のマスク着用が義務付けられている。言い換えると、マスクさえ着用すれば外出自体は許可されており、監視もされない。今回はこの特例を悪用し、国内感染が発生してしまったのだった。

このパイロット(case 765)は、アメリカ行きの機内で既に咳などの症状を呈していたにも関わらず、それを申告することなく、台湾帰国後3日間の在宅検疫を終了すると、特定の友人(case 771)と百貨店や飲食店など連日出入りし、結果的にcase 771にウイルスをうつしたのだ。Case 771の濃厚接触者は173人割り出されたが、幸い、これ以上の感染者は出なかった。

この出来事を受け、2021年1月1日に規則は強化された。新たな規則【図表8】では、航空人員全員が帰国後7日間の在宅検疫。その後PCR検査、更に7日間の「強化版」自主健康管理がルール化された。在宅検疫中は、自宅ではなく、会社の宿舎または指定された防疫ホテルに滞在すること。強化版自主健康管理期間中は、公共交通機関の利用は禁止、混雑する場所への出入り禁止、外出時はマスク着用必須、期間中の行動歴や接触歴を記録することが義務付けられた。但し、在宅検疫中に勤務として出国することは許可されたので、短期間での出入国が可能な状態であった。

図表8
国際線航空人員の感染予防措置(中国語)
2021年1月1日に発表された国際線航空人員の感染予防措置。CECC発表資料。

 

2-5. 変異株対策

台湾では、確定診断に至った例については、全例ウイルス培養を行い、培養成功例は全例ゲノム解析をしている。そのため、国内のウイルス変異状況に関してはかなり密にモニタリングしている。

世界で最初のイギリス変異株が報告されたのは2020年9月だったが、11月より急激に増加し、12月13日時点でイギリスでは累計1108例が発表され、デンマーク、アイスランド、イタリア、オランダ、オーストラリアでも同変異株の報告があった。12月23日、イギリスの研究者チームがイギリス変異株の感染力は極めて強いため、大学を含めた学校の全面休校など新たな規制措置が必要になるかもしれない、と警告をした。この事態を受け、世界40ヵ国以上がイギリスへの航空機発着便中止を決定した。

台湾は、12月23日より、ロンドンー台北間の直行便便数を半分に減らすように航空会社に指示した。また、同日より過去14日以内にイギリス渡航歴のある入国者は一律集中検疫所にて在宅検疫を行い、14日間の在宅検疫終了時には、全員PCR検査を受けることを義務づけた。この対応方法は前述2-2の対フィリピン対策時に確立したものである。

その後、2021年1月12日に国内最初の南アフリカ変異株を確認したため、1月14日より南アフリカとエスワティニ王国からの入国者に対し、イギリスからの入国者と同様の対策を開始した。この時点では、少なくとも世界12ヵ国において南アフリカ株が検出されており、WHOは南アフリカ株の感染力は非南アフリカ株の1.5倍の可能性を指摘していた。また、2月20日に国内最初のブラジル変異株を検出したため、ブラジルからの入国者に対しては2021年2月24日より同様の対応を開始した。

2-6. 院内感染

台湾では、COVID-19発生以来、院内感染事例は2020年2月に発生した1クラスター(計8名)のみだった。そして、2つ目となる院内感染事例が2021年1月11日に見つかった。感染者は、COVID-19患者対応をしている医師(case 838)だった。医師が働いていた病院は、衛生福利部桃園病院という衛生福利部(厚生省に相当)が運営する国立病院で、最大の国際空港が位置する桃園市にあり、COVID-19対応病院として、それまで160人以上のCOVID-19患者を受け入れていた。

初期対応

病院からの連絡を受け、CECCは現状把握するために直ちに医師2名を現地に派遣した。1月12日時点で院内の接触者464人全員のPCR検査陰性が確認された。院外の接触者は56人、そのうち当該医師の恋人(case 839)の陽性が判明した。この時点では、院内での感染拡大の可能性は極めて低いだろうと判断されていた。なぜならば、従来の濃厚接触者の定義よりも広範囲に接触者を定義し、感染の確率が極めて低い人たちまで検査していていたからだ。そして、3日後にこの464人に2回目のPCR検査を行い、それをもって積極的な対応は終了になるだろうと予想されていた。また、濃厚接触者は全員隔離されていたため、これ以上の感染拡大はないと予測されていた。

ところが、1月16日に同院で働く看護師(case 852)の感染が確認された。彼女は、冒頭の医師(case 838)の接触者として1月12日にPCR検査を受け、陰性が確認されていたが、その後発症したのだった。そして、翌日には更に別の医師(case 856)の感染も判明した。従来であれば濃厚接触者ではないため、検査や隔離対象にならない人たちの感染が確認されたということで、事態は予想を上回る兆しを見せた。

拡大対応

さて、ここでCECCはより積極的な対応へと大きく舵を切ったが、かなり大がかりな作業になった。まず、1月18日に病院内に対策本部の出向拠点を設立し、人員を常駐させることで、病院と対策本部との連携を更に円滑なものにした。1月22日にプロジェクトチームを立ち上げ、大々的に隔離対象範囲を広げ(1月6-21日に当該病院に入院していた患者全員、勤務した職員全員)、結果的に5000人近くが在宅隔離を指示された。病院の約半数の職員が隔離対象となったため、1月19-20日には約220人の入院患者を他院へ転院させ、1月22日には外来での新規患者受け入れを停止した。1月6日以降に受診した外来患者全員が自主健康管理の対象となり、健康保険証システムの個人情報欄に「自主健康管理」と特記されるようになっていた(2月7日にこれを解除)。市中感染発生の可能性を鑑み、同一生活圏である桃園市、台北市、新北市内全ての病院において、1月27日より、入院患者の面会訪問禁止を指示した(2月10日に解禁)。

院内の職員から職員への感染、職員から患者への感染、職員から自身の家族への感染、退院患者から外来患者への感染、と感染は拡がり、最終的には感染者20人のクラスターとなったが、隔離された5000人の枠内での感染者のみだったので、大規模な市中感染には発展しなかった

病院では、業務再開前に全職員の隔離満了時のPCR検査を行う方針とし、本院2690人+分院334人のPCR検査陰性を確認したことを2月7日に発表した。屋外立体駐車場を検査場にし、2月3日から5日にかけて2000人以上の検体採取を行う様子をYoutube動画で観ることができる。2分57秒の短い動画で、中国語の字幕と合わせて観ると、だいたいの様子は理解できると思うので、ぜひ観てみていただきたい。https://youtu.be/NfkjTpa6UTA

CECCは2月15日にプロジェクト終了を発表し、2月19日に当該病院は通常業務を再開した。

感染源と潜在的感染の検索

発生日と行動歴より、ICU入院中のCOVID-19患者(case 812)からの感染であることはある程度目星がついていた。ウイルスのゲノム解析により、クラスター内でウイルス培養できた症例の全てがcase 812と同じ株であると判断された。当時米国カリフォルニア州で流行している株だった。

また、平行して院内職員ハイリスク群には抗体検査を行い、潜在的な院内感染の既往を調査した。第一段階(2月3-5日)で682人、第二段階(2月7-8日)で1759人に対して抗体検査を行ったが、いずれも陰性であり、潜在化している感染はないと判断された。1年以上続いたCOVID-19戦で己を守り抜いた医療現場の姿が浮き彫りになった

リスクコミュニケーションと国民の反応

病院や桃園市に対する風評被害はすぐ始まった。桃園市へ行くな、当該病院を受診した人には近づくな、などの発言が日常で飛び交った。しかし、2003年のSARSのときと大きく違ったのは、病院や市を非難する声がある一方で、応援する声も高まった点だ。風向きが変わったきっかけはひとりの屋台店主の行動だったように思う。1月16日夜、鶏排(台湾風鶏唐揚げ)を売る屋台の男性が、屋台を病院の前まで引っ張って行き、そこで100人分の揚げたての唐揚げを病院スタッフに届けたのだ。このニュースをメディアが取り上げるやいなや、全国から応援物資が殺到した。果物農家は果物を、弁当屋は弁当を、などなど、毎日山積みの物資が病院に届けられ、これは食べきれないだろう、と筆者はフードロスの問題がやや心配になったぐらいだ。1年以上最前線で戦い続けた病院職員への感謝の意は「#感謝部桃」(部桃は当該病院の略称。)と共にSNS上に拡散された。

リーダーである人たちの確たる態度も雰囲気作りに貢献したと思う。指揮官はもちろんのこと、桃園市市長、病院長、首相、総統、副総統それぞれが応援メッセージを出し、団結を呼びかけた【図表9】。

図表9
病院前で鶏のから揚げを作る屋台の男性
衛生福利部立桃園病院のFacebookより抜粋。
https://www.facebook.com/mohw.tygh/posts/5579355288757023?__cft__[0]=AZUblulJMno_tf2KWvMvOBdD_WZofNnfSraBQ_oKNy0EZrk2Gi4duX-Gyq15ktufUwUUgIZRZOeChnlHtAZw_F-3su0G-o7ao9DMGhF6yOuwDUaDFFdXvE-Hxi5Zc5esqmmd721ncHFRirfQUlox8g7g&__tn__=%2CO%2CP-R

 

2-7. トラベルバブル

 2021年4月1日から、パラオと台湾間で隔離なしの相互渡航が可能となる「トラベルバブル」が始動した。パラオの感染状況が極めて良好である(国内感染者ゼロ)こと、そして、パラオが台湾にとっては数少ない国交のある国であることが背景にある。

帰国後の在宅検疫に代わるものとして、5日間の強化版自主健康管理**、5日目のPCR検査、そして14日目まで通常の自主健康管理*が義務づけられる。しかし、隔離措置以外の規制はかなり厳しく、飛行機の離陸時間から5時間半も前に待機し、PCR検査を受ける必要がある。また、現地でも政府が指定した6つのツアー団体のうちの1つと常に行動し、決められた観光地とホテルにしか滞在できない。つまり、隔離なしとはいえ、かなり制限がかけられた旅路となる。

この新たな取り組みにおいて、最初のツアー団体は計123人が4月1日にパラオへ旅立ち、帰国後も問題なく14日間の観察を終えた。この後、パラオ行きの団体旅行に予約が殺到するのかと期待したのだが、第5便は、人数が集まらずにキャンセルとなってしまった。台湾からパラオへの観光者数は年間1万人程度(参考:2019年の台湾人訪日者数は489万人)で、もともと台湾人にとっては主要な観光先ではない。トラベルバブルの成否を論じるのは時期尚早なので、今後の成り行きを見守りたい。

*自主健康管理では、公共の場への出入り自粛、大型イベントの参加禁止、外出時のマスク着用が義務付けられている。
**強化版自主健康管理期間中は、公共交通機関の利用禁止、混雑する場所への出入り禁止、外出時のマスク着用、期間中の行動歴や接触歴の記録が義務付けられている。

2-8. パイロット&防疫ホテル集団感染

2021年4月、台湾で最大となったクラスター感染(35人)が発生した。

航空人員の検疫ルール

2-4で述べたとおり、航空人員に関する隔離規則は二転三転してきたが、2021年4月15日には更に規則は緩和され、

  • 長距離便:3日間在宅検疫。最終日にPCR検査。陰性であれば、その後11日間自主健康管理。
  • 短距離便(同じ便での往復で現地入国しない場合):在宅検疫はなく、14日間の自主健康管理。

COVID-19ワクチン接種完了2週間後経過した人については、「長距離便は7日間自主健康管理後、PCR検査。その後制限なし。短距離便は制限なし。」となった。

中華航空パイロットの大規模検査

事の始まりは、ある中華航空所属の貨物機パイロットだった。2021年4月20日にオーストラリアへ渡航し現地でCOVID-19感染と診断された。CECCは4月21日連絡を受け、彼の同居家族を検査し、妻と息子の感染を確認した。そして社内の接触者として職員の検査を始めたところ、立て続けにパイロットの感染が確認されたため、4月24日より中華航空のパイロット1279人にPCR検査と抗体検査を開始した。また、効率化を図るために4月27日より桃園市の中華航空社内において検査場を設け、PCR検査と抗体検査に加え、希望者にはワクチン接種も行える体制を整えた。この大規模検査を通して、続々とPCR検査陽性者が見つかった。また、過去の感染を示唆する「PCR検査陰性かつ抗体陽性」のパイロットも4名見つかった。

防疫ホテルの感染

同時期に、ホテル職員の集団感染が発覚した。中華航空が有しているホテルで、国際空港の敷地内にあるホテルだった。自社パイロットの在宅検疫場所であり、且つ、外資系航空会社のパイロットの一時待機場所でもあった。このホテルは2棟の建物からなり、1棟は完全に防疫ホテルとして運用し、もう1棟は特定の階層のみを防疫ホテルとしていた。(注:防疫ホテルとは、CECCの指針に基づいて民間の宿泊業者が運営する宿泊施設で、在宅検疫の必要な人のみを収容する。地方自治体が運営の監視・指導を行う。2021年1月4日時点で全国16187室。【図表10】参照。)

ある職員の感染発覚をきっかけにホテル職員全員とホテルに出入りしている業務委託業者やバイトなど計200人以上に対してもPCR検査と抗体検査を実施したところ、複数名の職員の感染が判明した。抗体検査は、最初に診断された1名以外は全員陰性だった。

また、ホテルの運営実態を調査した結果、実はCECCの指針に沿っていなかったことが判明し、感染対策の抜け穴になっていたことがわかった。

図表10
地方自治体ごとの防疫ホテル部屋数一覧
2021年1月4日時点の、台湾の防疫ホテルの部屋数。CECC発表資料。

 

感染源特定と全貌解明のための検査

検査陽性となったパイロットの数名が当該ホテルに宿泊した履歴があったため、パイロットとホテルの二つの集団感染が同一感染源である可能性が浮上した。最終的には、ウイルスのゲノム解析がその仮説を裏付けた。5月12日現在、全てのゲノム解析が終了しているわけではないが、解析終了した症例は全てイギリス変異株であることが判明した。また、ウイルスの遺伝子配列を比べると、大きく3つのグループに分かれることがわかった。よって、感染源は3つの経路に分かれていると推定された。

3つのグループのうち、最も大きなクラスターとなったホテル職員+パイロットのグループについては、感染源の特定はできていない。発症日から推測するに、ホテル職員が初めの感染者だと考えられているが、その職員がどこで感染したのかは、推測の域を出ない。同ホテルは、外資系航空会社のパイロットも利用しており、彼らは入国することなく次の便で飛び立ってしまう。検疫法の対象外となるのでPCR検査を受けることはなく、彼らの行動範囲は空港内とホテルの特定エリアのみと限定はされているものの、ホテル職員との接触はゼロではない。こういった接触を通じたホテル職員の感染リスクが再認識され、外資系パイロットの空港から宿泊施設までの経路や感染対策の見直しが行われた。

また、抗体検査結果から判明したのは、院内感染の時同様、大規模な潜在的感染連鎖はないということだった。医療現場同様、国境を行き来するパイロットたちも国境で働くホテル職員たちも、長いCOVID-19戦で己を守り抜いてきたことが証明された。

この原稿を書いている2021年5月12日現在、当クラスターについての観察期間がまだ終了していないので、最終結果はご報告できないが、現時点で判明している感染の全貌は【図表11】のとおりである。

図表11
中華航空&ホテルのクラスター感染相関図
クラスター内の相関図。CECC発表資料に基づき、筆者作成。

 

2-9. 感染源不明の国内症例

2021年5月11日、感染源不明の国内症例6人が見つかった。そのうち5人は同じ職場のクラスターだった。この知らせとともに、CECCは国内の感染警戒レベルを第2レベルに引き上げた。最低4週間はこのレベルが維持される。

感染警戒レベルは以下のように定義されている。

  • レベル1: 輸入症例によって国内感染例が発生
  • レベル2: 感染源不明の国内感染例が発生
  • レベル3: 1週間以内に3件以上のクラスターが発生、または1日で10人以上の感染源不明の国内症例が発生
  • レベル4: 国内症例が急速に増加(14日間平均で1日100例以上)かつその半数以上が感染源不明

注目してほしいのは、レベル2からレベル3への移行だ。過去1年以上日本国内のCOVID-19感染を観察してきた方なら、「感染源不明の国内感染例が見つかった(レベル2)と思いきや、実はあちこちでクラスターが発生していました(レベル3)」という状況を容易に想像ができるのではないだろうか。レベル2からレベル3までの距離は実は遠くない。

感染警戒レベルに応じて、国内における行動規制の概要が定義されている。レベル2では、個人に対して密な場所ではマスク着用必須とし、500人以上の屋外集会は禁止。100人以上の屋内集会は禁止。商業店舗や公共施設に対しては、マスク着用、体温測定、手指消毒、連絡先確保などを義務付け。公共交通機関車内での飲食禁止。長距離列車の立ち席禁止。医療介護施設の面会禁止。

台湾はこれまでレベル2までしか経験していない。しかも、それは既に1年以上前のことだ(注:前回感染源不明の国内症例が発生したのは2020年4月)。仮にレベル2からレベル3に上がったとしても、医療機関は既に準備万端だと思う。この1年間、水際対策で時間稼ぎをしたおかげで、COVID-19に関する知識は増え、検査や診断の手法も確立している。緊急時に備えて病床や人員を確保する機序も周知されている。他国の感染悪化状況から学ぶことも十分あった。一方で、気がかりなのは民意だ。1年以上、なんだかんだ国内感染が広がらなかった台湾社会では、一般国民のCOVID-19への認識が実は浅い。そして注目を集めることだけを最大の目的としている台湾メディアが民衆の恐怖心を煽る姿は、既に目に浮かぶ。野党による政府批判が活気づく可能性も高い。レベル3では、「屋内5人以上、屋外10人以上の集会が禁止され、生活に必要な業種以外は全て営業停止になる」と定義されているが、生活に必要な業種とは何なのか?具体的な詳細はまだ公表されていないため、レベル3の可能性が俄かに出てきた今、国民の間で不安が広がっている。CECCがどこまでリーダーシップを発揮できるのか? 台湾にとっての本当のCOVID-19試練はここからだ

5月12日のCECC定例記者会見では、新たに16例の国内症例が発表され、現時点でレベル3の要件を満たしてはいないが、レベル3への準備を開始するとメッセージが出された。1週間以内に一旦休止していた検体採取拠点の再開、COVID-19専用病床の再開、防疫ホテルの増量、などを行うとのこと。各地方自治体も独自の規制を発表した。COVID-19後半戦の始まりだ【図表12】。

図表12
感染警戒レベル4段階の定義と行動指針
感染警戒レベルを定義し、それに応じた行動指針/規制を示す。CECC発表資料。

 

3. 台湾の課題

現実は常に困難で一筋縄ではいかないものだ。台湾の好成績に疑問を呈する人はいないだろうが、あえて課題を挙げてみたい。

3-1. 自費検査の結果解釈

台湾では、COVID-19の検査機関は全て政府のコントロール下にある。入国時に陰性証明書を要求する国が増えたことから、2020年4月に自費検査が解禁され、個人が自由に検査を受けることが可能になった。ただし、感染症法に基づき、検査陽性の場合は必ずCECCへ報告される。

自費検査がすっかり定着していた2020年11月、アメリカ・ブロードウェイから130人が来台し、全員が2週間の在宅検疫を終わらせ、主催者主導で2回PCR検査を受け、11月19日から12月6日まで全22回オペラ座の怪人を上演した[1]。当時、パンデミックで劇場が閉鎖されている国が多かったため、台湾での公演は貴重な場となった。彼らは公演終了後、次の公演地の上海へ向かったそうだ。

ブロードウェイに続いて、モスクワを拠点とする「ロシア国立モスクワ・クラシック・バレエ」も来台した。彼らもブロードウェイ団と同じ方法で検疫を終わらせて公演に臨む予定だったが、残念ながら計画は失敗に終わった。団員はダンサーとマネジャーの計52人(ロシアから50人、日本から1人、スペインから1人渡航)。12月16-20日に台北市、25-27日に南部・高雄市で計12回の公演をする予定だった。

11月29日、全員陰性証明書を所持し、台湾に入国。そしてホテルにて宅検疫を開始した。12月14日在宅検疫終了後、主催者主導で全員PCR検査を受けた。12月16日4人陽性判明し、入院隔離へ。公演開催地である台北市政府の強い要請があり、残り48人に対して台湾政府主導で検査実施。12月17日更に4人陽性判明し、入院隔離へ。全公演キャンセルとなり、残り44人は濃厚接触者として集中検疫所で隔離し、翌日出国した。

PCR検査陽性となった8人はいずれもCt値が高く、且つ14日の在宅検疫を1人1室で確実に実施していたため、「感染既往であり、感染力はないだろう」と政府担当者も見解を述べた。にもかかわらず、全員を濃厚接触者として隔離し、公演はキャンセルになった。バレエ団は台湾に隔離されにきただけ、という結末となってしまった。

そもそも、政府はPCR検査を義務付けしていなかったのだが、主催者が自発的にPCR検査を行ったことが仇となった。陽性が出た場合の最悪のシナリオをシミュレーションできていなかったのも悪手だ。一方で、防疫ルールに関しては柔軟性を見せない政府の姿勢は、科学だったはずのものが非科学になっていることが筆者としては残念だった。

偽造の陰性証明書、在宅検疫期間の発症不申告、などと関門を潜り抜けることがあれば、海外から入り込んだウイルスを見逃して市中に放ってしまう。その可能性がゼロではないという前提、すなわち、性悪説で制度設計することは良いと思うのだが、見直す余地がある。

バレエ団の一件がニュースとしては最も派手ではあったが、その後も似たようなケースが多々あったため、多くの専門家が自費検査の結果解釈について疑問を持っていたと思う。2021年3月11日にようやく「無症状のPCR検査陽性者」に対する隔離解除基準が新たに発表された。この基準では、海外で過去に確定診断され、その後2回PCR陰性を確認済みの場合で入国後PCR検査陽性となった場合、以下の3つの基準を満たせば隔離解除:①無症状、②抗体陽性、③3日以内のPCR再検査が陰性またはCt値34以上。確定診断歴のない人は、①無症状、②IgG抗体陽性かつIgM抗体陰性、③3日以内のPCR再検査が陰性またはCt値34以上であれば隔離解除と定められた。

3-2. PCR検査偽陰性の罠

「PCR陰性だったから大丈夫」の罠は怖い。感染初期のウイルス量が少ないときは偽陰性になりやすい、また、採取方法によっても偽陰性が起こりうる。検査とはそういうものだ。だからこそ、台湾では、感染のおそれがある人に対して検査を行った際、その結果が陰性でも無罪放免にはならず、必ず隔離の上、健康観察を行う。

ところが、2-6, 2-8で述べた院内感染やパイロット&ホテル集団感染のときは、通常の原則(検査と隔離がセット)とは少し違う運用が行われた。院内感染のときは、従来の基準よりも緩い形で検査対象を広げたため、検査後隔離を指示されなかった人たちがいた。その結果、その後に発症しても、COVID-19ではないだろうと本人が思い込み、すぐに申し出なかったケースがあった。また、パイロットの事例では、短い隔離期間終了時にルーチンで検査を受けるため、同様に、その後発症しても本人がCOVID-19と結びつけず、診断が遅れるケースが複数あった。COVID-19の症状は軽度なことが多く、私たちが普段の生活の中で少しの鼻水や喉の違和感程度で行動を変えないのと同じで、当事者に病識を持たせるのは難しい。そこに数日前にPCR検査陰性だったという免罪符がつくと、再検査への動機づけは減る。

これらの事例を通して、台湾は改めて検査と隔離がセットであるべきだという認識を強め、同時に、国民に対してPCR陰性が感染を否定する材料には必ずしもならないことを啓蒙している。

3-3. ワクチン – ”台湾パラドックス”

COVID-19ワクチンが前人未踏の速さで完成したのは全人類にとって福音だった。しかし、その恩恵にあやかれるかどうかは、国によって随分と事情が異なる。水際作戦は時間稼ぎに過ぎない。ワクチン接種が進まなければ、国境を完全に開くことはできず、集団免疫の低い国として台湾は世界に置いてきぼりになる可能性がある。よって、台湾にとってもこの戦いにおいてワクチンは喉から手が出るほど欲しいアイテムだった。

ワクチン関連の取り組み

台湾は早い段階からCOVID-19ワクチン担当グループを台湾CDC内に作り、ワクチンの早期獲得を目指していた。  

  • 2020年3月 ワクチンに関する研究データ収集を開始
  • 2020年6月 各ワクチン製造者との折衝を開始
  • 2020年7月 国内のワクチン研究に補助金を支出
  • 2020年9月 COVAXで476万回分ワクチン契約提携
  • 2020年10月 アストロゼネカ社(以下AZ)と1000万回分ワクチン契約提携
  • 2020年11月 COVAX取り扱いワクチンの内、3社(ファイザー、サノフィ、AZ)を選択。
  • 2020年12月 条件付きで国内A社のワクチン第二期臨床試験を批准
  • 2021年1月 条件付きで国内B社のワクチン第二期臨床試験を批准
  • 2021年2月 COVAXよりAZ製ワクチンの分配について通知される
  • 2021年2月 モデルナ社と505万回分ワクチン契約提携
  • 2021年3月 AZ製ワクチン11.7万回分到着

難航したワクチン調達

世界で起こったワクチン取得合戦において、早い段階から取り組んでいた台湾だが、一部先進国の買い占めを前にかなり苦戦を強いられた。それに加え、台湾に関しては、中国の政治的介入があったとか!?2021年2月18日のAFP通信の記事から抜粋すると、『陳時中(Chen Shih-chung)衛生相はラジオ局の取材に対し、米製薬大手ファイザー(Pfizer)と独製薬ベンチャーのビオンテック(BioNTech)が共同開発したワクチンを確保するためにビオンテックと行っていた重要な交渉が「最終段階で」決裂したと明かした。』とのことだ[2]。

2021年2月4日にWHO主導のCOVAXで、AZ製ワクチンの分配先として台湾を含むことが発表された。但し、この時点では、いつどれくらいの量のワクチンが台湾に到着するのかは未定だった。待ちに待ったワクチンが最初に到着したのは3月3日で、その次の到着は4月3日の19.92万回分AZ製ワクチンだった。以降、5月12日現時点では後続の入荷に関する情報はない。AZ製ワクチンの接種中止または接種対象を限定している国が出てきているので、他社製のワクチンに比べるとAZの方が入手しやすいのではないか?筆者はそんな希望的観測を抱いている。

ワクチン接種順位

公費でのワクチン接種順位は【図表13】のように定義された。感染収束目的でワクチン接種を強力に推し進めたイギリスやイスラエルでは、重症化しやすい高齢者の優先順位が高かったが、国内感染が封じ込められている台湾では、高齢者の順位は8番目となっている。国内の感染リスクが低く、海外からの感染者との接点を持つ場面が最大のリスクになるため、医療従事者、感染対策に携わる行政職員、パイロットなどの前線を優先し、その次に、海外渡航が必要な人たち、そして、治安維持のための警察へと続く。台湾の現状に合った合理的な順位付けだと思う。

図表13
公費でのワクチン接種順位
台湾CDC発表資料を元に筆者が作成。
https://www.cdc.gov.tw/Category/Page/9mcqWyq51P_aYADuh3rTBA

 

進まない接種

二転三転したワクチン取得の経緯は国民全員の知るところだったため、第一便が到着したときはワクチンを運んだ飛行機がテレビニュースで映し出されるぐらいの出来事だった。そして、満を持して最前線にいる医療専門職最優先で3月22日にワクチン接種が開始されたのだが、接種が予想外に進まなかった。その背景には、同時期にヨーロッパでAZ製ワクチンの副作用として血栓が疑われ、接種を一時停止した地域があったからだろう。台湾国内の感染がほとんどない状況下で、個人にとってのリスク・ベネフィットの判断が他国とは大きく異なるものになってしまった。

CECCは事前に設定した優先順位に従って、どんどん接種対象を広げていったが、状況が劇的に改善することはなかった。一方で、4月21日に留学や仕事などで出国する予定のある人たちを対象にした自費枠を開放したら、こちらは予約が殺到した。国内での公衆衛生的な優先順位と実際の需要に乖離があるという現実は容易に理解できるが、感染をうまく抑え込んだ国の方が国民はかえってワクチン接種に関心が低いというこの興味深い現象は、民主主義国家での公衆衛生政策のたて方として記憶されるべきことだと思う。

結局は、感染が目の前に迫っているという危機感がないとワクチン接種は進まず、前述の中華航空パイロット集団感染事件(2-8参照)をきっかけにやっと接種希望者が増え、5月11日に感染源不明の国内症例が6例発見されたこと(2-9参照)で一気に加速している【図表14】。

図表14
台湾のCOVID-19ワクチン接種状況
台湾CDC発表資料を元に筆者が作成。

 

3-4. 中央政府と地方政府の連携

SARSの反省を活かし、エピデミック時の組織体制、中央と地方政府の役割と権限については、あらかじめ明確に定義されている。ただ、方針を決めて指示を出す中央政府とそれを実行する地方政府間の温度差、認識のずれ、などは必ず生じるものだ。この溝をいかに埋めるかが、感染対策に限らず、政策実行においては重要だと思う。

 ウイルスには国境も県境もない。人の移動が自由である以上、ウイルスとのスピード競争の中で、いかに情報伝達を確実に素早く行うのかが常に問われる。比較的最近の事例なのだが、情報共有の在り方について台北市長・副市長がCECCに対して強い不満の意を唱えたことがあった。例えば、感染者が見つかった場合、濃厚接触者の調査が始まる。この調査は、感染者の居住地域の保健所が担当する。そして、濃厚接触者の情報(氏名、性別、携帯電話番号、生年月日、職業、身分証番号、居住地住所、戸籍住所、接触日、接触場所など)を「接触者健康追跡システム」に登録すると、自動的に各接触者の居住地の管轄保健所へ通知が届き、各保健所が在宅隔離中の人たちの健康状態などの追跡を開始する。情報共有がシステムで自動化されている良い事例だと思うが、実は課題がある。

感染者の行動歴が市外に跨がっていた場合、CECCが必要な情報を管轄の地方自治体に対して環境消毒などの指示を行うため、作業開始までにタイムラグが生じるらしい。実際にこのタイムラグのせいで感染が拡大したという事例はないのだが、情報の拡散速度が速い今日の社会において、中央政府からの指令がくる前にメディアの報道で情報を得るというような場面も多く、地方自治体が文句を言いたくなる気持ちもわかる。

保健所に届いた情報を地方自治体内の横の繋がりで保健所から環境局(消毒を担当する部署)へ連絡をすればいいのではないか?と素人的発想が出るのだが、個人情報なので情報の取り扱いは中央が決めるという方針らしい。このクレームに対し、CECCはシステム上の情報参照権限や情報伝達の流れを再検討したのだが、細かい決定事項までは説明されなかったので、最終的にどうなったのかは筆者には把握できなかった。「情報の保護vs開示・共有」は、民主主義国家だからこその課題だろう。

4. 最後に

 台湾の成績は見事だが、パンデミックに苦しむ他国にとっては今すぐには参考にならない事例になってしまった。台湾はいつまでも感染初期段階に留まっている。しかし、2021年5月12日の今、感染源不明の国内感染例が出現しており、その周囲にも感染が拡がっている様子が浮き彫りになってきた。他国に遅れること1年、「市中感染拡大」の入口に立っている可能性が高い。ここからの台湾の動向を観察することで、我々は今一度「市中感染拡大の場面で何をすべきなのか」を学べるかもしれない。この後の台湾の成功も失敗も、全て私たちの糧になるだろう。

一方で、どんな局面でも、国民にできることはマスク・手洗いなどの感染予防策だけで、つまりは時間稼ぎだけだ。稼いだ時間を有効に使うには、政府がトップダウンで動いて医療者が十分機能できる環境を整え、時には国民や事業者に対して行動規制を強いる必要もあるだろう。そして、平行してワクチンの入手交渉に尽力しなければならない。台湾では、ワクチンの普及も入荷もまだまだ課題として残っている。ワクチンが普及していない状態で台湾が安易に国境を開けるとは思えないので、世界経済との兼ね合いの中、台湾がいつどのような条件下で水際対策を緩めるのかも興味深い点だと思う。読者の皆様には引き続き台湾の動向に注目し、日本の今後の感染症対策に活かせる点を見つけていただきたい。

台湾と比較し、日本の状況はパッとしないと感じる方もいらっしゃるかもしれないが、台湾の感染症専門医が「多くの国が厳しいロックダウンを行っている中で、日本は緩い制限で感染を抑えている。今後台湾で市中感染が拡がったとき、おそらく台湾はとても厳しい行動制限を設けるだろうけれど、日本のようなやり方も参考にすべきだ。」とコメントしているのを聞いたことがある。隣の芝生は青い、ということかもしれない。日本と台湾が互いに学びあい、よりよい感染症対策を作り上げていく架け橋になれれば幸いである。

[引用文献]
  1. オペラ座の怪人、キャスト全員が14日間の隔離終える : Taiwan Today
  2. 台湾のワクチン確保、「政治的圧力」で頓挫 衛生相が主張 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News

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