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日本におけるコロナ禍の社会心理

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COI

このページは日本医師会のご支援により2020年度に作成されました
(c)日本医師会
注:この記事は、有識者個人の意見です。日本医師会または日本医師会COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
  • 日本人の新型コロナウイルス感染症に対する行動や心理を、キーワードによる新聞記事検索や身近な事象の観察で探った。
  • 記事検索結果
    1. キーワード「コロナ」は、2020年4~5月が多く、不安や恐怖が喚起され、その後の心理の基調が形成された。 
    2. 4月以降、「医療」「個人の予防行動」「経済」関連の記事数は新規感染者数の動向と連動せず、低下傾向にあったが11月にやや増加した。 
    3. 時系列(年単位)でいくつかのキーワードの記事出現率を見ると、2020年において「笑顔」が最大の減少、「ストレス」「生活」が最大の増加など特異な傾向が見られた。
    4. 「中傷」記事は、2020年に例を見ない高い出現率となった。
  • 身近な事象の観察結果
    1. 「マスク」着用はコロナ出現以前からの流行で日本人になじみが深く、それが、日本の低感染率に貢献した可能性がうかがえた。 
    2. 予防行動としての「うがい」は、徐々に言及されなくなったが、当初は「とりあえず」過去の例に倣って推奨された。
    3. トイレに対する日本人の感覚は「国民性」を示す象徴的事例であった。
  • コロナ禍における日本人の行動は、「他者志向」「慎重さ」「整理整頓清潔好き」という国民性が現れていて、行動変容というよりも行動強化であったと解釈された。

1.はじめに

1966年に日本では迷信「丙午」で出生数が大幅に減少した(注1)。そして、翌年にはふつうに回復した【図1】。災害や戦争を除いて文化的影響により、出生数がかくも変動した経験は世界的に例を見ない。出生数の減少は、ほとんど中絶の影響がなく、妊娠のコントロールによるものとされる。出生率でみる都道府県による違いはほとんどない。また、女性の年齢別出生率で見ても、10代において出生率低下があまり見られなかったが、ほとんどすべての年齢層において出生率低下が見られた。そして、何事も無かったがごとく翌年に回復したのである。

図1
日本の出生数:1947~2018年
『人口動態統計』より作成

ここで何があったか? 「丙午」という迷信を日本人が信じていた、という単純な説は受け入れがたい。ここにあるのは多くの日本人にある心理や行動傾向、つまり国民性からの結果だろうということだ。

1つは「世間体」を重んじる心である。現在でも結婚式には「仏滅」を避け「大安」を選ぶ傾向がある。それは、実際に「六曜」を信じているのではなく、そう言われているのなら、それに従っておこうという心理傾向である。人目を気にしているのである。他人には「同調性」に見える。もっと外から見ると「集団主義」にも見える。

2つは「慎重さ」である。根拠は必ずしも信じがたくても、とりあえずはリスクを避けて、無難な言動に従っておこうというものである。「前例主義」は役所の因習にとどまらない。あるいは、高度経済成長の中、子どもを望まなくなった多くの夫婦が丙午に隠れて、正当化しながら子どもを産まない決断をしたとも考えられる。

3つめは「整いの清潔感」である。なんとなくであっても、汚そうなもの、いやなものは避けて、きちんとしておく態度である。妙に細かいのである。その年に生まれた女児に世間からの被害を受けるのを避けて、前後の年に出生届をずらすという行動をとる親までいたのである。出生性比の変動は滑稽なまでである【図2】。

図2
日本の出生性比:1947~2018年
出生性比は女100に対する男の数。
『人口動態統計』より作成

日本人論や国民性の議論は山ほどあるが、このような迷信への対応を示すデータを用いて日本人の特徴を示すものは少ない。日本人全体が不可避に直面するネガティブな事象へのこのような対応は、新型コロナウイルスに対処する際にも、意識無意識を問わず現れてくると考えるのである。

2.2020年の「コロナ」報道

さて、新型コロナウイルス感染症である(以下「コロナ」)。ここでは、著者が朝日新聞のデータベースから「コロナ」に関係する特定の語の検索から調べたものを見てみよう(注2)。新聞記事は、記者が特定の事実を構成したものであるというのは正しい。事実はすでに選択されている。しかし、メディアと国民は互いに影響し合う。その結果として、メディアは国民の意識を反映し、国民が望む情報を提供するだろうし、意識の形成に預かるだろう。つまり、記事が示す傾向は、社会心理のいくらかを示す指標になるだろう。

【図3】は、月別の新規感染者数という事実と「新型コロナ」の語が載る記事件数を示したものである。まず新規感染者数については、「コロナ」第1波から第3波と見て取れる感染者の増加は明らかである。事実をさらに確認しておくなら、死亡は5月に最も多く、その後は月別の変動が大きく、11月に2番目に多くなった。重症者は11月に最も多くなった【表1】。医療や疫学の専門家は、重症者や死亡の変動にも注目しているだろうが、その数は新規感染者と比べると桁違いに少ない。そのため、メディアはより大きい数の変動の方に注意を向けるという側面もあるだろう。

図3
月別新規感染者数と「新型コロナ」記事件数
新規感染者数は厚生労働省「オープンデータ」より「陽性者」を集計したもの。
https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/open-data.html
表1
月別新型コロナウイルスの被害状況

新聞は特に、人々が何に注目すべきかの「アジェンダ・セッティング」の機能を果たしているが、今後の社会的予防のためには、重症者数、死亡者数の報道に力点がおかれるべきだろうし、そうならざるを得ないだろう。

しかし、「新型コロナ」の記事件数は4~5月をピークにむしろ減少している。確かに12月現在においても、毎日のメディア報道で「コロナ」が報道されるが、記事の件数は減少しているのである。

安倍総理大臣は2020年4月7日に東京をはじめとする大都市を擁する7都府県に緊急事態宣言を行い、4月16日に対象を全国に拡大した。そして、5月14日に8つの都道府県を除く、39県で緊急事態宣言を解除。最終的には、5月25日に首都圏1都3県と北海道の緊急事態宣言を解除。およそ1か月半の緊急事態という前代未聞の状態が生じたのである。この時期に憶測交じりの多様な報道が新聞でたくさん現れた。それが記事数ピークの理由だろう。

4月以降、日本人は逃れられない重い雰囲気の中に暮らし、「コロナ」関連の情報にはうんざりしている。しかも、「コロナ」関連の情報には新規性が少ないので、記事が減少しているのだろう。また、新規感染者数という統計に記事が左右されるのではなく、むしろその変化に注目が集まるらしい。竹村和久、玉利祐樹、井出野尚(2020)は、ツイ―トに着目研究し、「人々の社会的注目は、実際に感染者が多いか少ないかだけでなく、その感染速度、加速度にも影響を受けることがわかった」という[1]。

しかし、客観的状況とは別に国民の生活の自由感は増しているというデータもある。博報堂生活総合研究所は、定期調査から「普段通りの暮らしを100点とした場合」の人々の生活自由感は次のように上昇していることを見出している[2]【図4】。

図4
生活自由度の意識:4月~11月
博報堂生活総合研究所「第8回 新型コロナウイルスに関する生活者調査」(2020年11月)等より作成https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000375.000008062.html

内閣府政策統括官(経済社会システム担当)(2020)は時系列の比較から「すべての年代で過半数の人の満足度が低下しており、特にシニアでは6割を超える。一方で、満足度が上昇した割合は少ないものの、シニアの 4.8%に対して、若者の 16.2%は満足度が上昇している。」と報告している。

その質については「生活全体の満足度」「仕事の満足度」「生活の楽しさ満足度」「社会とのつながりの満足度」がすべて低下しているが、低下の大きさは、大きい順に「生活の楽しさの満足度」「社会とのつながりの満足度」「生活全般の満足度」「仕事の満足度」であることを見出している。「仕事」よりも「生活の楽しさ」がストレスになっているだろう [3]。

(1)30年間の「笑顔」「ストレス」の変化

さらに今年を覆う社会心理を把握するために、1986年からの「ストレス」「笑顔」の記事の出現率(関連記事数/総記事数×1000)を俯瞰して、2020年の位置づけを行ってみよう【図5】。コロナ禍の特異な社会心理があれば特殊な変化が見られるだろう。

図5
「ストレス」「笑顔」の出現率(%)

まずは、どの時代も「ストレス」よりも「笑顔」の方が一貫して高いことがわかる。「ストレス」は数‰の水準で微増してきたが、2020年に大きく上昇した。他方「笑顔」は(朝日新聞の編集方針に関わるのかわからないが)、きれいに上昇している。そして、2020年に大きく低下している。2020年はここ30数年間で最も特異な年であることがうかがえる。

さらに出現率の年変化率から細かく見てみよう【図6】。まず、2011年には東日本大震災の影響が見てとれる。「ストレス」が大きく上昇している。しかし、「笑顔」も同様に上昇している。震災の影響を受けながらも復活のための努力している姿を「笑顔」で記事化していることが多かったためだろう。これが、コロナ禍の2020年との対称的な違いである。また、阪神淡路大震災があった1955年に変化はあまり見られない。

図6
「ストレス」「笑顔」の出現率の年変化率(%)

最近ようやく証明写真でも「笑顔」を浮かべることが認められるようになってきた。明治の頃はほとんど笑顔が見られなかった。「正面真顔」でなければならなかったのである。このように対社会的には「真面目」でいることが常識であった時代から、自然な明るさを承認する社会心理に向かっていたのである。それが「コロナ」のせいで元に戻っている。「笑い」が禁じられ、真面目にならなければならない報告に向かっているのである。たぶん、様々な事柄を「不謹慎」とする人々が増えただろう。

次に、ライフつまり「生命」「生活」「人生」の語について見てみよう【図7】。

図7
「生命」「生活」「人生」の出現率:1986~2020年

ふだんはあまり意識して使用しないだろうが、lifeに対応する「生命」「生活」「人生」がどれほど使用されているだろうか? 「生命」は10‰ほどでほとんど変わらない。予想できる方向とは逆に、2020年においてはむしろ低下している。あるいは「いのち」と表記されることが多いのだろうか? 「人生」はこの間10‰から20‰へと漸増している。しかし、2020年には低下している。最もよく使用されているのが「生活」である。1995年の阪神大震災、2011年の東日本大震災にも上昇している。70‰前後で推移しているが2020年には最大の90‰となっている。これまで(2020年11月末)の「コロナ」被害の水準では、人々の関心が「生命」「人生」よりも「生活」であるというということを物語っているとも解釈できる。

(2)4、5月は最大の不安

「コロナ」関連の用語をさらに押さえておこう。「感染」「重症」「死者」はともに4月が最大で、その後大きく減少する【表2】。しかし、11月にやや増える。「濃厚接触」も私の予想以上に多く使用されている語であった。「クラスター」だけは、11月以降の大きな第3波の事実を受けて11月に最大となっている。いずれにせよ、メディアのニュース性の欠如のためか、実際は感染者が増えても必ずしも関連語が増えないというある種無感動な時期にさしかっていると言えるだろう。

表2
コロナ感染被害関連用語

また、現実的には病床数不足が生じかねない「医療崩壊」(不安を煽るようなやや過激な表現である。医療機能不全などに言い換えた方がよい)も4月が最大である。

こうしてみると、4月は不安よりも恐怖を結果として煽られるような状態だったと考えられないか。4月の報道は恐怖訴求(fear appeal)として働いた。多くの処理しきれない情報が溢れたインフォデミックであった、と評価できるだろう。鳥海不二夫・榊剛史・吉田光男(2020)はネット上のツイートからコロナ流行の初期は様々な感情の中で「怖」が大きく働いていたと報告している [4]。

次に、「コロナ」予防に関連する語を見てみよう【表3】。最もよく使用されている語は「マスク」である。4月に最多である。その他、「消毒」、「3密」、「手指」(ちなみにこの語は一般的ではない)「手洗い」なども4~5月にかけて多かった。「ソーシャルディスタンス」は出てきたのがやや遅かったので6月が最多である。しかし、その後は低下していることがわかる。

表3
コロナ予防関連用語

ちなみに、経済関連用語も4月5月が最大となっている【表4】。「失業」「賃金」は存外少ない印象を受ける。「雇用」よりも「消費」が多い傾向もある。「経済」はトータルな表現なので多いのだろう。

表4
コロナと関連する経済用語

このような記事数の低下は、「コロナ」を最初とすることではない。ある程度普遍的なことである。たとえば、エイズ報道については、1994年横浜国際エイズ会議の開催で一時盛り上がったが、その後低調になった。

ただ、今回の「コロナ」は、波をもって繰り返すのに、その大きさにふさわしい報道は十分にされず、情勢に見合った的確な態度は醸成されていないと考えられる。そして、そこには「正常性への偏見」があるだろう。新規感染者が増えているとはいえ、自分は大丈夫だった、身の回りも大丈夫である、となると自分は感染しない、という気持ちになってくるのである。

また、コロナの個人予防策で新機軸はなく、飽くことなく、抜かりなく原則を守るしかない。そして、コロナの解決策は提示されない。そのため、不安がぼんやりとしたものになって続いているとも考えられる。かつて、米国のカーター大統領は、malaise(マレーズ)という言葉を使って、国内にひろがるばくぜんとしたフラストレーションを表現したが、現代の日本はまさにその感があてはまる。

次にいくつかの事例について具体的に見てみよう。

(3)コロナ以前のマスクの流行

著者は数年前から、学生が授業中にマスクをしているのを不思議に思ってきた。それは、伊達メガネではなく、「伊達マスク」とも表現されていた。2018年のTV朝日のニュースにも指摘されている。「伊達マスク」は自分を目立たないようにすることだが、まだ少数派であることで、結果としては目立ってしまっている。しかし、「伊達マスク」は、自分が観察する側として行動できるという特徴と素性隠しに役立っているだろう。また、マスクをしている女子学生に理由を聞くと、化粧もしなくてよくて楽、という返事もあった。

2020年に「コロナ」が日本で流行し始めたときに、多くの欧米先進国はマスクをしていなかった。それは全くなじみのない習慣だったからだろうが、日本にはマスクに高い親和性があった。そのことが、コロナ予防に貢献したことは事実だろう。

マスク着用には、日本人が控えめで自分を出さないということ、自分を清潔に保ちたいという志向があったのではないか。コロナ禍でもそれは変わらない。コロナ禍で日本人が変わるのは、表面的な行動であって、心理ではない。むしろこれまでの心理傾向が強くなる方向で行動が現れるのである。

さて、かつてガソリンがなくなる、コメがなくなるなど〇○がない、といううわさや報道が災害時や急激な不況時にあった。たいがいの場合にその不足情報は「倉庫にはこんなにあるぞ」という形に変化して、次第に収束に向かった。今回のトイレットペーパー買い占め、マスク不足騒動の場合もそうであった。そのような場合の対処方法は、不足を認めつつ「確保できる」と自信をもって説明することが大事であるとされる。しかし、病床不足に対しては、国民に対してどのように説明するかは超難問である。

(4)大きなストレス、中傷という心理爆発

日常でも自然に使用される語彙「ストレス」については、人々が多くのネガティブな影響を受けている指標になると思われるので詳しく見ていこう。【表5】は2000年の1月から2020年11月までの「ストレス」が載る件数である。赤字は、同月比較の中の最大値を示している。そうすると、最大値は2011、2012年そして2020年に集中していることがわかる。

表5
月別「ストレス」記事数

2011年7月から2012年3月までの最大値は、2011年3月11日に東日本大震災が起きた影響が続いたために、記録されたと解釈される。そして、2020年には4~6月がこれまでにない大きな値が記録されていることがわかる。その後の数も決して小さいものではない。日本人が「コロナ」禍で、大きなストレス下にあることがよくうかがわれる。東日本大震災の場合には、国民の間に助ける・助けられるという関係があり、「絆」で距離が近づくということがあったが、コロナ禍は日本人全員が被害を受ける可能性があり、「がんばろう」と元気な姿を見せる安全圏にいる人はいない。愛があるほどに、近づくと互いに傷つけあうという「ヤマアラシのジレンマ」状態である。

橋元良明(2020)は、緊急事態宣言発令前後に実施したパネル調査から、ストレスとして感じている内容については「自由に外出できないこと」「外食できないこと」「楽しみにしているイベントなどが中止になっていること」であることを見出している [5]。 実感でも了解できることだが、「Go Toキャンペーン」はある程度人々のストレス解消対策にはなったと評価できるだろう。

また、2020年の突出した数のストレスの記事自体が、人々のストレスをいや増した可能性もあるだろう。自分の心理を「ストレス」であると認識、確認することになったのではないか。集合していない「群集心理」を作った面もあるだろう。そして、ストレスは、他者への中傷や差別につながったのではないか。

次に「中傷」について見てみよう。【図8】は、全記事数に占める「中傷」の語が載る記事の割合である。2020年の突出する割合は3.1‰とひどすぎるとさえ思われる。そのうち「コロナ」とは無関係な「中傷」では1.1‰と例年と変わらないのに、「コロナ」関係の「中傷」は2.0‰とそれだけで例年の傾向を上回る。

図8
「中傷」記事率:1986~2020年

不安とストレスは他者攻撃に転じる可能性が大きい。そこには、「みな我慢しているのに、お前だけがどうして我慢できないのだ」という非難も入る。我慢させる「正義」が生まれ「自粛警察」がはびこり「中傷」することになる。

たとえば、長い間陽性者が出なかった岩手県の初感染者はひどい県民の仕打ちを受けた。河北新報は次のように伝えている(2020年8月1日)。

岩手初感染者に中傷 知事「厳格に対処する」

岩手県で初の新型コロナウイルス感染者となった盛岡市の40代男性に対する誹謗(ひぼう)中傷、個人を特定しようとする動きが過熱している。国内唯一の感染未確認県だったことで全国から注目されており、県は公式ホームページ(HP)などで冷静な対応を呼び掛ける。

そして、男性が勤務する事業所は、インターネット掲示板で社名が取り沙汰されてアクセスが集中し、サーバーがダウンした。そして、「感染した人間はクビにしたのか」「従業員の指導がなってない」といった内容が多かったという。もちろん、冷静に対応する人間の方が多いと思われるが、このように感じる人間の心があるということである。

一方、6~7月に「東京差別」も生じていた。東京には行くな、東京からは来るなである。Go To トラベルのちょっと前のことである。

「東京差別」は、「東京都はコロナ感染者が多い→コロナリスクが高い」という断定的な「ステレオタイプ」が生まれ、そこに「東京人はひどい、自己中心的な生活スタイルをしている」といった感情が生まれ「偏見」化し、東京人忌避や中傷という行動になったと考えられる。ただ、「ステレオタイプ」は感染予防ということで大いに地方県で正当化された。

その後のさまざまなコロナ対策は、どの都道府県民を味方とし、敵とするかという内集団・外集団区別を生んでいるが、常にこのメカニズムが働いているだろう。

また、「流言の強さは、情報のあいまいさと人々にとっての重要性(関心の高さ)に比例する」という社会心理学の法則があるが、流言をストレスや中傷に変えても妥当すると思われる。

大阪大学の三浦麻子教授らの研究グループが3月~4月に、日本、アメリカ、イギリス、イタリア、中国の5カ国、それぞれ400人~500人の一般市民を対象に調査を行い、日本人は、「新型コロナウイルスに感染した人がいたとしたら、それは本人のせいだと思う」割合が最も高いことを見出している。これも中傷や差別につながる心を促進するものとなっているだろう [6]。

(5)うがいの予防神話は静かに低調に

次の図は厚労省のインフルエンザ予防のポスター作成の例示(2017)であるが、「うがい」が無くなっている[7]【図9】。 これまで、日本の予防常識としては、うがい、手洗い、マスクの3点セットが挙げられていたが、その1つが消えたのである。

図9
厚労省のインフルエンザ予防のポスター作成の例示(2017)

朝日新聞記事で「うがい」を見てみよう。「インフルエンザ」と「うがい」が同時に載る件数を年単位で見てみると、2003年から2008年までは100件弱で推移し、大きな流行をした2009年には500件を上回る記事が見られ、その後100件を下回るようになったが、2020年には若干上昇気味であった【図10】。

図10
インフルエンザとうがいの記事件数

「コロナ」との関連に関しては、3月にはまだ「うがい」を共に載せる記事が多かったがその後は減る一方である【図11】。うがいが消え去ったことが特に問題視されることはなかったが、大阪府知事のイソジンうがい騒動(8月初旬)などは神話を引きずったものだったと言えるだろう。

図11
「新型コロナ」と「うがい」が載る記事件数

うがいの効果に関する実証的研究は少ない。当初うがいは、予防に役に立つかはわからないが、言われてきたのでやっておこうという周りを慮った慎重さで行われ、あえてやめるという目立つことを忌避していたと考えられる。その心理は、丙午の出産行動と同じものだったと考えられる。思えば、マスクの流行も同じ流れともいえないだろうか。

11月において、マスクの推奨は見られるが、うがいはほとんど顧みられなくなった。それを非難する人はいないし、言及する人も少ない。うがいは水に流してしまったのである。

3.背景にあると考えられる日本人の国民性

稲垣耕作、天野真家(2011)は「日本人論というジャンルの書籍は過去に国内で数干点が出版されてきたと推測されるが,その背景にあるのは,日本人は特異であるとの国内外からの根強い指摘である。」という [8]。

確かに日本人は「ウサギ小屋」に住み、過剰に勤勉に生活し、「過労死」までする。他方、「アニメ」「和食」というクールカルチャーも産出するという特色が指摘される。そこに注目して「国民性」が語られるだろう。

では、一例として外国の若者の日本人イメージを挙げると、アメリカとイギリスでは「知的」、「勤勉」「友好的・親和的」、ドイツとスウェーデンでは、「勤勉」、「礼儀正しい」、「知的」、フランスでは、「真面目」、「寡黙・慎重」、「勤勉」の順になっている [9]。

そして、日本人の多くもそれが当たっていると考えているだろう。多くの識者もそれらの国民性で日本の行動を説明し、納得する。ただ、これは、「バーナム効果」を考える必要もあるだろう。それは「誰にでも当てはまることなのに自分のことを言われていると錯覚する心理的効果のこと」である。

さて、日本には長期にわたって実施されてきている大きな世論調査が3つある。内閣府の「世論調査」、統計数理研究所の「日本人の国民性調査」、NHKの「日本人の意識」である。数十年にわたるデータの蓄積があるが、多くの質問項目に関して、時代と年代別に時系列の変化を見ることができる。その観察により、必ずしも明確に分離できるわけではないが、加齢とともに変化する意識、ある世代に固有の意識、そして、時代全体で影響を受ける意識に分けられる。そして、日本の世論の場合、圧倒的に時代効果が大きい。もちろん選ばれる項目によるが、加齢や世代効果ではなく時代効果が多いのである。すべての国民が、群れなす鳥が一斉に向きを変えるように、時代全体で動いていく。そのような傾向が強い。日本人は同調性が高いということに思えるが、同質性が高いということかも知れない。あるいはよく言われる「集団主義」と言ってもいいかも知れない。

(1)集団主義

有名な国際比較ジョークがある。様々な民族の人が乗った豪華客船が沈没しそうになる。それぞれの乗客を海に飛び込ませるには、どのように声をかければいいか? というもので、国民別の行動の違いが笑いを生む。

アメリカ人に 「今飛び込めばあなたは英雄ですよ」

ロシア人に 「海に落ちたウォッカの瓶はあなたのものです」

イタリア人に 「美女たちも泳いでいますよ」

フランス人に 「決して海には飛び込まないでください」

ドイツ人に 「規則ですから飛び込んでください」

イングランド人に 「イングランドが優勝しました」

スコットランド人に 「スコットランドがイングランドに勝利しました」

中国人に 「金塊が沈んでいるそうですよ」

日本人に 「みなさん飛び込んでいますよ」

落ちは、集団の行動を自分の行動の準拠とする日本人の意識である。

人には、他人が何を正しいと考えているかに基づいて物事が正しいかどうかを判断する傾向がある。日本人は、特定の状況のもとである行動をとる他人が多いほど、それが正しい行動であると見なす傾向が強いのではないか。そうすることは、最高の成果をあげることはないが、そこそこの成果を残していくと思われる。

また、集団志向と関係して、ロバート・レヴィーン(2002)は、「日本人は集団志向が強いので、個人の時間を必要とすることが少ない」と指摘する [10]。面白い解釈である。ステイホームや不要不急の外出禁止ではストレスがたまるかも知れないが、他の国よりも小さいかも知れない。

総務庁青少年対策本部「子供と家族に関する国際比較調査の概要」(平成7年12月)では、日本,アメリカ,韓国における0歳から15歳までの子供を持つ父親又は母親にどのような子どもになってもらいたいかを尋ねている。アメリカは「責任感」「公正さや正義感」、韓国は「礼儀正しさ」「責任感」であるのに対して、日本は「他人のことを思いやる心」であり「規則を守り、人に迷惑をかけない公共心」である [11]。この心理は常に他者を意識しているものである。ラフカディオ・ハーンが紹介した日本人女性の例(泣いていい場面を他人に気遣い、無理やり笑顔を見せる)を彷彿とさせる。

さらに、日本を含めた7カ国(韓国・アメリカ・英国・ドイツ・フランス・スウェーデン)の13~29歳の若者を対象とした意識調査「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(平成25年度)」において、「他人に迷惑をかけなければ、何をしようと個人の自由だ」に関しては、他国より相当に賛同者が少ないことがわかる。徹底した個人主義にはなじめないのである [12]【図12】。

図12
我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(平成25年度)

このような態度が期待される子どもは、結果として初めに集団ありきの集団志向性を持つ人間になるだろう。現実問題として、マスク着用率が非常に高く、コロナ感染率が低いのは、まさにこの国民性が関与しているのではないか。日本人がロックダウンや厳しい法的規則や罰金を科さないでも政府や専門家に従うのはこの集団主義があるからだと考える。

村田ひろ子・荒牧央(2009)は、41の国・地域を比較し、日本人の格差に対する意識を探ったが、

「自分が社会的にどんな階層にいると思うかを10段階で聞いた質問では、日本は下位(1~5)の割合が7割に上り、調査参加国の中で多いほうに入る。また、自分の仕事の社会的位置付けが、父親が就いていた仕事よりも低いとする男性は36%で、参加国の中で最も多い。」

「一方、日本を「格差のある社会」だと認識している人や、「所得の格差は大きすぎる」と考える人は参加各国の中では少なく、格差に対する意識が希薄なことがうかがえる。」と報告する[13]

「一億総中流意識」も同様な内容の言葉であるが、このような「日本人はみな同じ」という意識化では、他人の行動に準拠するのが自然となるだろう。コロナ禍において日本人は「みな同じように我慢しているのだ」と認識している割合が高いのではないか。また、4月23日からなされた国民1人あたり10万円の現金給付についても、みんなが一律に同じ条件を望む国民性も影響した可能性がないだろうか。

(2)整理・整頓・清潔好き

1907年に冨山房から出版された芳賀矢ーの『国民性十論』は国内外の注目を集めた。芳賀はこの著書で日本国民の特性として「忠君愛国「祖先を崇び家名を重んず」、「現実的・実際的」 「草木を愛し自然を喜ぶ」「楽天栖落」「淡泊漏酒」「繊麗繊巧」「清浄潔白」「礼節作法」「温和寛恕」の十個を挙げているが「清浄潔白」に注目したい。芳賀の考えは有名な和辻哲郎の「風土」となって展開されている [14]。

さらに歴史を遡れば、出島三学者と呼ばれる3外国人がいる。江戸時代に来日したケンペル (Engelbert Kaempfer, 1651-1716)、ツュンベリー (Car1 Peter Thunberg, 17 43-1828)、シーボルト (PhilippFranz Balthasar von Siebold, 1796-1866)の三者である。

その1人、ツュンベリーは次のように述べている。

「このような状況に、私は驚嘆の目を疑った。野蛮とは言わぬまでも、少なくとも洗練されてはいないと我々が考えている国民が、ことごとく理にかなった考えや、すぐれた規則に従っている様子を見せてくれるのである」

(随行記p.107) 

そして、

「その国のきれいさと快適さにおいて、かつてこんなにも気持ち良い旅ができたのはオランダ以外にはなかった。また人口の豊かさ、よく開墾された土地の様子は、言葉では言い尽くせないほどである」 [15]

所詮エピソードに過ぎないと言えばそれまでであるが、現在でも多くの外国人旅行客は日本の街のきれいさに驚くことも多く、何事も「きれい」にすることは国民性であると言ってよいだろう。逆に言うと、コロナウイルスは汚いものであり、それを持っている人が強い嫌悪の対象となることは想像に難くない。

そして現代の清潔例を考えると何と言っても「温水洗浄便座」である。1982年仲畑貴志による「おしりだって、洗ってほしい。」のキャッチコピーよって一気に知名度を高めた日本独特のプロダクトである。

また、『トイレは世界を救う』の著者ジャック・シムは、日本の読者に向けて本を書いたのはなぜかのインタビューに次のように答えている。

「日本の方々にこそ他国のトイレ事情について知ってほしいから。そして、日本のトイレ文化の素晴らしさに気づいてほしいからです。日本はインフラとしてのトイレだけでなく、他国に類を見ない洗練されたトイレ文化をもっている。たとえば、トイレを次に使う人への配慮、丁寧にものを扱おうとする気持ち。こうした日本では当たり前とされているものを感謝することが、幸福感にもつながる。同時に、日本食や漫画と同じくらい、他国に輸出すべき日本のソフト・パワーだと知っていただきたいと思っています。」[16]

(3)慎重さ 勤勉 我慢強さ

方献決(2008)は、日本のことわざからみて、国民性の1つとして「慎重さ」「勤労,我慢強い」をあげている [17]。

この慎重さにはコロナ予防として「トイレのふたを閉めて流すこと」も関係してくるだろう。

厚労省は令和2年5月14日に労使団体の長あてに「職場における新型コロナウイルス感染症への感染予防、健康管理の強化について」周知をうながした。同様の周知文が8月7日、11月27日にも発出されている。そして、共用トイレについて「トイレの蓋を閉めて汚物を流すよう表示する。」としている。

ちなみに、文部科学省において策定した「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル」(12月3日)にはこのような注意はない。

しかし、私の勤務する大学でも、事務局が気をきかして写真のようなポスターが便座の後ろに貼ってある【図13】。

図13
大学のトイレの便座の後ろに貼られたポスター

これを見ると、日本人は生真面目なまでに慎重で、周到であると(飛躍して)思う。ここまで徹底している国はどれだけあるだろうか? 慎重さの適例であると思われる。その慎重さは、とりあえずやっておこう、従っておこうという「お上信仰」と「タテ社会」と「集団志向」と合成されるだろうと私は考える。

また、Alexandre de Figueiredo等(2020)の国際比較調査によると日本はワクチンが安全と考えている割合は最も低いし、有効性についての判断も最低レベルであった。この認識は日本の薬害問題の影響もあるだろうが、慎重さという特徴が働いているだろう [18]。

4.終わりにかえて

週刊朝日(2020年07月03日)は、「コロナ緊急アンケート第2弾、医師1500人に聞いた 患者激減で病院大崩壊」の記事の中での「感染爆発ない、理由は国民性?」という小見出しのもとで、次の内容を伝える。

「目を引いたのは、「国民性」という言葉。この国民性と、それに近い言葉を挙げた回答は、なんと全体の15%ほど、200件を超えていた。具体的には「衛生に対する意識が、他国と比較すると高いことが理由の一つ」(岐阜・40代・眼科)、「国民の疾患に対する理解度が高い」(埼玉・50代・耳鼻咽喉科)、「要請をまじめに守る国民性」(大阪・60代・小児科)などだ。

生活習慣などを挙げる医師も多かった。マスクをする習慣がある、家では靴を脱ぐ、家に帰ったら手洗い・うがいをしている、ハグやキス、握手をする習慣がない、箸を使って食べる、などだ。」

外国生活経験や諸外国の事情に詳しい人も多くいるだろう医師集団が、感染者数が少ない大きな理由として「国民性」を挙げているのである。「国民性」は単に説明の方便だけではなく、現実に作用している可能性は大きいのではないか。

さて、冒頭の丙午である。その異常出生現象が生じたのと同じ態度が今回の「コロナ」関連行動でも生じていると考えるのである。世間体、慎重さ、清潔感である。思えば、日本は行政統計が非常に高い精度で完備されている。「コロナ」についても毎日数字で一喜一憂をしている。それも、日本人の他者志向、慎重さ、きれい好きの表れかも知れない。

本稿は、コロナ渦中におけるささやかな観察とゲスの勘繰りに過ぎない。しかし、いくばくかの社会心理の事実と予防行動のファクターXの1つとしての国民性に思い致してもらえれば幸いである。

[引用文献]
  1. 竹村和久、玉利祐樹、井出野尚:新型コロナウイルス感染症の社会的注目に関する心理的要因―感染者数の加速度と速度の検討―、第11回横幹連合コンファレンス 統計数理研究所、2020年10月 https://www.jstage.jst.go.jp/article/oukan/2020/0/2020_A-3-3/_pdf/-char/ja (閲覧日2020年12月17日)
  2. 博報堂生活総合研究所:「第8回 新型コロナウイルスに関する生活者調査」、2020年11月等 https://www.hakuhodo.co.jp/news/newsrelease/86364/ (閲覧日2020年12月17日) 
  3. 内閣府政策統括官(経済社会システム担当):「満足度・生活の質に関する調査」に関する第4次報告書~生活満足度・暮らしのレポート~令和2年9月11日 https://www5.cao.go.jp/keizai2/manzoku/pdf/report04.pdf (閲覧日2020年12月17日)
  4. 鳥海不二夫、榊剛史、吉田光男:ソーシャルメディアを用いた新型コロナ禍における感情変化の分析、人工知能学会論文誌、2020、35-4、1-7 https://www.jstage.jst.go.jp/article/tjsai/35/4/35_F-K45/_pdf/-char/ja (閲覧日2020年12月17日)
  5. 橋元良明:新型コロナ禍中の人々の不安・ストレスと抑鬱・孤独感の変化、情報通信学会誌、 2020 年 、38 -1、25-29  https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicr/38/1/38_25/_pdf/-char/ja (閲覧日2020年12月17日)
  6. https://www.yomiuri.co.jp/national/20200629-OYT1T50107/ (閲覧日2020年12月17日)
  7. 厚生労働省結核感染症課平成29年11月15日 https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/keihatu/keihatu-collabo-apply.html (閲覧日2020年12月17日)
  8. 稲垣耕作、天野真家:「日本人論のマクロ情報学」、情報文化学会誌、 2011-12-13、18(2)、19-26  https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10486963_po_ART0009905288.pdf?contentNo=1&alternativeNo= (閲覧日2020年12月17日)
  9. 内閣府:我が国と諸外国の若者の意識に関する調査 (平成30年度) 令和元年6月  https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/ishiki/h30/pdf/s2-2.pdf (閲覧日2020年12月17日)
  10. ロバート・レヴィーン著、忠平美幸/訳:あなたはどれだけ待てますか せっかち文化とのんびり文化の徹底比較、草思社、2002
  11. 総務庁青少年対策本部:子供と家族に関する国際比較調査の概要 平成7年12月  https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/kodomo/kodomo.htm (閲覧日2020年12月17日)
  12. 内閣府:平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査、平成26年6月 https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/thinking/h25/pdf/b4_1.pdf (閲覧日2020年12月17日)
  13. 村田ひろ子、荒牧央:格差意識の薄い日本人~ISSP国際比較調査「社会的不平等」から~、放送研究と調査、2013年12月、2-13  https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/research/report/2013_12/20131201.pdf (閲覧日2020年12月17日)
  14. 王艶玲:和辻哲郎と芳賀矢一の日本人論比較、HABITUS、2012、16 、75 – 85 https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/ja/list/HU_journals/HABITUS/16/–/item/39010 (閲覧日2020年12月17日)
  15. 中直一:出島三学者の日本人論 : 日本人の国民性をめぐって、 言語文化の比較と交流(5) 言語文化共同研究プロジェクト. 大阪大学大学院言語文化研究科、2017、7-15 
  16. https://www.flierinc.com/interview/interview129 (閲覧日2020年12月17日)
  17. 方献決:ことわざから見る日本人の国民性、中国文化研究、2008、24, 57-74 https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/repository/metadata/108/CGK002404.pdf (閲覧日2020年12月17日)
  18. Alexandre de Figueiredo, Clarissa Simas,Emilie Karafillakis, Pauline Paterson, Heidi J Larson.  Mapping global trends in vaccine confidence and investigating barriers to vaccine uptake: a large-scale retrospective temporal modelling study, , Lancet , 2020 SEP 26 ;2020, 396:10255, 898-908  https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)31558-0/fulltext (閲覧日2020年12月17日)
(注)
  • (注1)ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説。干支の一つ。陰陽五行説によると,丙も午も火の性を表すところから,これにあたる年は火災の発生が多いという俗信があり,また江戸時代以来,この年に出生した者は気性が激しく,ことに女性は夫となった男性を早死にさせるという迷信がはびこった。この迷信は社会に根強く浸透し,そのため丙午生まれの女性は縁談の相手として忌避される不幸を招いた。今日でもこの迷信のため 1966年に出生率の低下がみられた。
  • (注2)朝日新聞記事データベース「聞蔵Ⅱビジュアル」による。1986年からの記事が電子データベース化されている。しかし、1990年ごろまではすべての記事がデータベース化されているわけではない。また、その後年間に出される記事は2000年ごろにピークを迎え、徐々に減少している。したがって、実数のみを比較すると傾向を読み誤ることがある。近年はそれほど記事総数に違いが見られないので実数のみで見ても傾向は正しく読み取れる。

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