注:この記事は、有識者個人の意見です。COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
本論説は、2022年5月から6月にかけて内閣官房で開催された「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」(座長永井良三)の報告書とりまとめに先行して、2022年5月25日に事務局に提出した個人的意見書である。感染症法・特措法と運用、情報の基盤・収集・公開、保健所、研究、専門家助言組織、有事の法整備、司令塔のあり方に関する問題点をまとめた。なおこの意見書は、6月21日の座長会見で記者に配布され、約1時間にわたり説明が行われた。
概要
- わが国の新型コロナウイルス感染者数と死亡者数は主要国よりも少なく、対策は成功したように思われる。しかし、これは現場の努力と国民の高い公衆衛生意識によるところが大きい。その一方で、医療提供体制の逼迫、感染予防の現場や医療現場への大きな負担、国民生活に対する制約などが続いた。またPCR検査数が少ない、市中感染の実態把握が不十分、要請を基本とする対策(日本型モデル)では迅速な意思決定が困難、などの指摘もある。国民の納得感を高めるためにも、これまでの対策を検証し、得られた教訓に基づいて次の大規模な感染流行(パンデミック)に備える必要がある。
- 健康有事の法制度と運用の課題
- 新型コロナウイルス感染対策では、保健所の感染予防活動や必要病床の確保に関する多くの課題が明らかとなった。これらの行政権の行使は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、感染症法)に基づくが、感染症法記載の保健所を中心とする公衆衛生体制の機能やキャパシティには限界があり、しばしば保健所や医療の現場に混乱が生じた。また「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下、特措法)では、都道府県知事が医師ら医療関係者に指示できると定めているが、行政権限により病床を確保するためには、医師・看護師の派遣や入院患者の転院など多くの調整が必要となる。平時からそのための仕組みやルールなどを決めておかなければならない。
- 感染者数は、ウイルスゲノムの変異や流行時期により変動する。このため感染症法の分類にとらわれずに、状況に応じた迅速な対応が必要となる。そのための指標やガイドラインなども整備すべきである。なお新型コロナウイルス感染症の感染率、重症度、感染対策による日常生活への影響は世代によって大きく異なる。対策に当たっては多様な世代の意見を聴取することが重要である。
- 医療提供体制と保健所機能の課題
- わが国の入院病床数は世界的に多い。しかし病院の8割は民間である。また病床や人員などの医療資源を広く薄く配置してきたために、1ベッド当たりの医師・看護師数は、欧米の1/2から1/5と少ない。この体制は、平時には医療へのフリーアクセスを保証し好都合であるが、流行拡大時には重症患者のケアが難しい。パンデミックに適切に対応するには医療資源の再配置をしなければならない。しかし感染症法による入院措置は、わが国が原則としてきた「医療機関と患者の同意に基づく医療」に、「行政権限による医療」が介入することを意味する。このため情報共有と現場のきめ細かい調整を欠かせない。
- 感染予防の最前線に立つ保健所の設置数は近年大きく減少した。一方で、日常業務の増加、IT化の遅れなどにより、余裕のない状態が続いていた。この状態で今回のパンデミックが襲来したため、現場に大きな負担を強いることになった。とくに保健所の設置形態によっては、県と市町村という行政の狭間に入ることがあり、自宅待機患者の食料確保など、本来の保健所業務でない仕事まで担当しなければならなかった。業務分担や連携が円滑に進むよう、有事の際の法整備が必要である。
- 検査体制の課題
- 検査は感染防御と診断の基本である。わが国はSARSやMERSの流行がなかったために、PCR検査体制の確立に遅れた。このため検査は陽性の可能性が高い集団を優先してきた。一方、感染者数は行政検査のみによって把握し、定点観測やアクティブサーベイランスは行ってこなかった。また各地で実施されている民間検査や無料PCR検査は行政検査の管轄外とされ、検査の陽性率はほとんど公表されていない。陽性者の追跡も行われていない。そのなかで第6波では幼児や学童を中心に感染が爆発的に拡大した。
- 感染症拡大予防にPCRを用いるためには、まず検査のキャパシティを確保しなければならない。その上で偽陽性率をよく考えて検査戦略を立てることが重要である。さらに流行や検査キャパシティの状況に応じて検査方針を見直す必要があり、専門家は適切な説明と助言を行うことが期待される。
- 情報収集と情報公開の課題
- 感染状況や病像の把握、ウイルスの変異、治療効果などを解析するために、専門家は多くの研究者と協力する必要がある。しかし流行時に現場から専門家助言組織へ提供される疫学情報、試料、ゲノム情報などは必ずしも十分でなかった。例えば、データや試料が国立感染症研究所に集められても、第三者に情報提供や検体を提供できないことがあった。これは提供者が個人情報保護を優先したためと考えられる。緊急事態では、現場が個人情報保護法を過度に恐れずにデータや試料を提供できる仕組みが必要である。
- 情報公開にも問題が多い。国、都道府県、研究機関でデータ開示の方法に統一性がなく、時系列でデータを分析することが困難だった。データ開示の方法を見直し、断面的なデータではなく、研究者が時系列で多角的に分析できるように一次データのファイルを提供すべきである。
- パンデミック時にとりわけ重要なのは、機動的かつ柔軟な解析が可能なデータレイクの構築である。その作業は容易ではなく、データベースの専門家と医療従事者が連携すること、多彩な専門領域の研究者による利用を想定し、多様なデータを融合・解析可能なデータ構造とすること、そのためのデザインを平時に検討しておく必要がある。これはデータ共有やリスクコミュニケーションのためにも重要である。
- 新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システムHER-SYSや新型コロナウイルス接触確認アプリCOCOAなどの感染対策アプリもトラブルが続いた。医療機関と保健所との連絡もファックスに頼らざるを得ないなど、わが国の情報改革の遅れは深刻である。次のパンデミックに備えて医療情報システムの早急な改革が求められる。
- 情報発信にも多くの課題がある。国民に対してだけでなく、海外や国内の外国人にも「わかりやすい情報公開」が必要である。
- 専門家助言組織のあり方
- 新型コロナウイルスの流行においては、専門家といえどもこれまでの経験や知識が役に立つとは限らず、状況に応じた対応が求められる。例えば、PCR検査や積極的疫学調査などのあり方は、流行の初期とまん延期とでは異なるはずであるが、方針の切り替えがタイムリーに行われたとは言い難い。流行予測もモデルが限定的という意見も聞かれた。このため専門家助言組織は、柔軟な発想ができ、研究経験の豊富な、かつ多様な背景をもつ人材を登用し、自由に議論できる雰囲気とすることが重要である。また国内の疫学研究や臨床研究を指導し、データセンターを通じて外部の科学者集団と連携する体制を作るべきである。
- 感染症研究体制の課題
- 新型コロナウイルス流行時に日本からの論文数は先進国の中でも下位であった。これは情報や試料を研究者が入手できなかっただけでなく、平素の疫学研究や臨床研究の体制が整備されていないことが大きな理由である。国内の調査と研究が進まなければ、科学的助言の質は低下する。また海外でワクチン開発や治療薬が迅速に開発された背景には、感染症の基礎研究と人材育成の厚い基盤があった。わが国の感染症基礎研究の予算は少なく、人材育成も不十分である。今後、国際共同研究を含めて、基礎研究の強化が必要である。
- 司令塔のあり方
- コロナウイルスを含めて様々な人獣共通感染症が、今後もパンデミックを繰り返すと予想される。健康有事における法整備、体制作り、研究力の向上が急務である。パンデミック対策にあたっては、必要な情報を複数の方法で必要な場所から収集し、負荷を分散することが基本である。また対策も単一の方法ではなく、複数の方法を組み合わせなければならない。わが国ではこれらが適切に行われてこなかったことから、今後、司令塔機能の強化が求められる。しかし法律の整備やガバナンス・統治機構のあり方については論議を尽くす必要がある。議論のためにもパンデミック時の情報収集、データセンターのあり方、データの利活用、公開のあり方や方法を十分に検討することが望まれる。
- 今回のパンデミックは、誰にとっても全く新しい経験であり、判断の誤りは避けられない。誤りを徒に非難しあうのではなく、状況に応じて柔軟に対応し、その時点のベストを尽くすこと、状況と方針を国民にわかりやすく説明することが重要である。
- 新型コロナウイルス対策をめぐる議論は、わが国の感染症対策や危機管理のあり方の問題にとどまらない。合理主義だけでは手に負えない複雑な現象をいかに制御し、これと折り合うかという問題でもある。この中に、情報インフラ、データ駆動型思考、分析と予測、情報共有、情報公開、説明責任、社会的格差、風評被害、互助と共助、さらに科学者助言や科学研究のあり方など、不確実な時代を生き延びるために解決すべき課題、知恵、技術が含まれている。今後、さまざまな視点と立場から、継続して多角的に検証されることを期待する。
はじめに
わが国の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者数と死亡者数は、欧米よりもはるかに少ない。これは医療および感染拡大防止対策にあたった方々の尽力と国民の高い衛生意識によると考えられ、関係者に深く敬意を表するものである。しかし新型コロナウイルスは変異を繰り返しながら流行の規模を拡大してきた。繰り返されるパンデミックは、感染予防と医療の現場だけでなく、医療提供体制や国民の社会経済活動にも大きな影響をもたらした。国民の納得感を高めるためにも、これまでの政府の新型コロナウイルス対策を検証し、得られた教訓に基づいて次のパンデミックに備えることが重要である。
コロナパンデミックは、誰にとっても初めての経験であり、これまでの知識や経験は必ずしも役立たない。このような状況で適切な判断を下し予防措置を講ずるためには、非常事態への備えを平時から行っておく必要がある。パンデミックへの対応は、わが国では2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1)の流行後に検討され、報告書がまとめられた[1]。しかし今回のパンデミックに備えて、報告書で提言された内容が十分に活用されることはなかった。また新型コロナウイルス対策に関する説明では、より深い科学的議論の必要な場合もあり、わが国の感染対策と危機管理体制の課題が明らかとなった。
すでに欧米においては、コロナパンデミックにおける政府の対応に関するさまざまな意見が表明されるようになった[2-6]。とくに英国では議会が主導して検証を行い、2021年11月に報告書を公開した[6]。一方、わが国では第一波が終息した後の2020年8月に民間調査委員会が検証報告書を公表したが[7]、その後、新たな検証は行われていない。今回の「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下、特措法)に基づくこれまでの対応や、保健・医療提供体制の構築、さらにこれらの対応に係る中長期的観点からの課題について意見を収集する目的で設置された。会議は2022年5月11日に第1回が開催され、2回のヒアリングを経て、6月に報告書が取りまとめられる予定である。政策に対する検証は今後も多方面で行われる必要があるが、パンデミックの続くなか、政府主導の検討であれ、現時点で各層の意見を聴取することは一定の意義がある。しかしながら検討期間が短いため、とりまとめに先立って各構成員が意見書を提出し、報告書に反映することとなった。
本意見書では、1) コロナパンデミック対策に関する法律と行政対応における課題、2)専門家助言組織のあり方、3)研究体制に関する課題、4)情報基盤と情報の提示に関する課題、5)司令塔のあり方について、個人的に行った分析も加えて意見を述べる。
1 コロナパンデミック対策に関する法律と行政対応の課題
COVID-19対策は、主に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、感染症法)と特措法に基づいて行政権限が行使される。感染症法では、保健所を管轄する都道府県知事に権限を集中し、就業制限その他の措置をとることができる。一方、医師・医療機関の管理者等は、国及び地方公共団体が講ずる施策に協力して、感染症の発生、及びまん延防止に必要な措置を行う責務がある。COVID-19は新型インフルエンザ等感染症に位置づけられ、感染予防措置の内容は法律に規定されている【図1】。この体制は、わが国が原則としてきた「医療機関と患者の同意に基づく医療」に、「行政権限による医療」が介入することになる。このため事前の打ち合わせを含め、多くのきめ細かい調整を欠かせない。
図1 |
COVID-19の感染症法上の位置づけと措置の内容 |
出典:厚生労働省資料(2021.12.17) https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000868295.pdf |
1)行政権限に関わる課題
感染症法により、新型コロナウイルス感染者は、保健所への届け出、積極的疫学調査、就業制限、入院措置、検体採取などの対象となり、保健所の指示に従うこととなった。入院措置については、感染症法16条の2に基づく病床確保の協力要請が行われたが、流行拡大時には入院先が決まらずに自宅で待機せざるを得ない感染者が増加した。これに対し、特措法31条第1項は、「都道府県知事は、患者等に対する医療の提供を行うため必要があると認めるときは、医師、看護師その他の医療関係者に対し、その場所及び期間その他の必要な事項を示して、当該患者等に対する医療を行うよう要請ないし指示をすることができる」と定めている。しかしこの規定は活用されておらず、行政権限により病床を確保するとしても、医師・看護師の派遣や入院患者の転院など、多くの調整が必要である。とくにわが国の入院病床数は世界的に多いが、8割は民間病院である。また病床や人員などの医療資源を広く薄く配置してきたために、1ベッド当たりの医師・看護師数は、欧米の1/2から1/5と少ない。この体制は、平時には医療へのフリーアクセスを保証し好都合であるが、流行拡大時には重症患者のケアが難しい。適切に対応するには医療資源の再配置をしなければならない。そのための仕組みや制度を、平時から決めておく必要がある。
実際の感染対策に当たっては、【図1】の措置内容を基準としつつも、流行状況や地域の実情、対応能力に応じて柔軟に対応すべきである。例えば、現在の感染症法ではCOVID-19と診断された場合、保健所が入院勧告や措置を担当する。しかし保健所を中心とする公衆衛生体制の機能やキャパシティには限界があり、現場ではしばしば混乱が生じた。
行政による入院措置は本来、感染のまん延防止対策として行われるべきことから、感染性のある検査陽性者全員に対して入院隔離を行うとしていた。ところが検査陽性者数が極めて多いために、感染者の症状や重症化リスクに応じて、自宅、在宅療養施設及び入院医療機関に振り分けることとした。なかには入院調整が困難な場合もあり、公衆衛生と医療が分断されるという批判も生まれた。一方、軽症であっても「重症化するリスクがある」などの理由で、医療機関に入院を強いる場合もあったという。これはオーバートリアージであり、確保病床は減少する。感染症法の類型にしたがった硬直的な対応ではなく、保健所と医療機関が状況に応じて柔軟に協働して対応する仕組みや、そのための指標を作成すべきである。
流行の様相は、変異株の出現やワクチンの接種状況により大きく変化する。とくに年代別の感染率をみると、第5波までは、20才代が最も高く、30才代と10才代がこれに続いていた【図2】。しかし第6波では未成年者の感染率が急増し、10才未満の人口については、本年1月から5月の間に10.4%が感染した【図3】。
図2 |
年代別10万人当たりの新規感染者数 |
左は40歳代以下、右は50歳代以上。第5波では20才代、第6波では10歳未満の感染率が高い。厚生労働省公表の週別の年代・性別新規陽性者数 (https://covid19.mhlw.go.jp/)と総務省統計局の2020年国勢調査による年齢別人口をもとに算出した(https://www.stat.go.jp/data/jinsui/index2.html#suikei)。ある年代・性の新規感染者数が0~4人の場合、結果が公表されないため、便宜上、2人としている。 |
自治医科大学大林千一客員教授作成 |
図3 |
流行期ごとの年代別感染率 |
左図は第3波(青)、第4波(橙)、第5波(灰色)、右図は第6波の期間中の年代別感染率を示す。第6波では感染者数が激増し、10歳未満人口の10.4%が感染した。人口は2021年6月22日までは2020年国勢調査人口,2021年6月23日以降は推計人口による。 |
自治医科大学大林千一客員教授作成 |
このようにパンデミックが市中感染状態となり、感染世代や感染の様式、流行地域が劇的に変化するのであれば、感染症法に規定された積極的疫学調査の枠組みだけではなく、定点サーベイランスやアクティブサーベイランスが必要である。無症状であってもPCR検査を実施し、陽性率やCt値(検査陽性と判断された時のDNAの増幅サイクル数。Ct値が低いほどウイルス量は多い)について、年代、職域、地域、学校などのサブグループ解析を行う体制を作るべきである。しかし新型コロナウイルス感染症は全数届出となっているために、定点サーベイランスは実施されず、アクティブサーベイランスも現行の感染症法には規定がないために行われていない。サーベイランスについては、政府の専門家会議委員からも2020年5月にその必要性が提案され、三重県では実施されてきた[8, 9]。
2)情報の収集に関わる課題
政府の情報収集についても、多くの課題が存在する。特措法第6条第2項には、政府行動計画に定める事項の一つとして、「新型インフルエンザ等の外国及び国内における発生の状況、動向及び原因の情報収集」が謳われており、感染症法の第3章には、感染症に関する情報の収集及び公表に係る一連の規定が存在する。しかし現場の疫学データや感染者から採取された検体を、自治体から政府の専門家会議や研究者へ提供することは、個人情報保護法が壁となり、困難だったといわれる。また、情報や資料が、保健所・地方衛生研究所から国立感染症研究所(感染研)に提供されても、自治体の了解なしにデータの公表や第三者への提供はできなかった。専門家会議も、オリジナルデータを入手できず、報道から分析することもあった。自治体が個人情報保護法(条例)に抵触することを恐れずに、安心して迅速に情報を提供できるよう法改正が必要である。その際、東日本大震災の教訓を踏まえて改正された災害対策基本法において、災害から生命、身体を保護するため必要がある場合には、本人の同意がなくとも市町村は避難行動要支援者名簿を外部に提供できると定め、非常時の個人情報提供に法的裏付けを与えた例が参考となる。
パンデミック時には、データを集積し分析するデータセンターの設置が必要である。そのための制度とフォーマットなどを、平時から準備しておく必要がある。
3)保健所の体制に関わる課題
現行の感染症法において感染防止対策の最前線に立つのは保健所である。しかし平成8年(1996)に約850ヶ所存在した保健所は、平成9年(1997)以後急速に減少し、令和4年現在、468ヶ所である。施設数が減少する一方でIT化は遅れ、平時の業務も増大していた。有事体制のないままに過大な任務を負った保健所は、苦戦を強いられた[10]。
保健所は感染拡大防止が業務である。しかし防疫業務の司令塔が明確でなく、国、都道府県知事、特別区、保健所設置市長の指示命令系統は交錯していた。このため保健所は異なる省庁の管轄を横断する業務の調整を担わざるを得なかった。これらが重なり、保健所の業務は逼迫した。流行期の保健所はクレーム対応、トリアージ、患者搬送の対応、さらに自宅待機者の食事まで担当しなければならなかった。医療専門職も公衆衛生対策に割く時間はなかったという[10]。
特措法に基づく市町村の行動計画は機能しなかった。このため県設置の保健所が県と市の行政の狭間に入り、感染対策と入院措置に関する膨大な業務を担わざるを得ないことがあった。住民の生命を守るのは市区町村長の責務であるが、感染症法の中に市区町村の役割が明記されていないという問題がある。
その他に、根拠法に基づく平時・緊急時における保健所の役割と機能の見直し、保健所のIT改革、他部署や委託先でも保健所業務を実施できる体制づくりなどが課題として挙げられる。保健所における柔軟な雇用制度や公衆衛生医師の人材育成を推進し、地域保健法で規定されている保健所の位置づけ、設置が自治体に委ねられている地方衛生研究所の位置づけ、感染症対策に関する市町村の位置づけなども明確化する必要がある[11]。感染患者の搬送についても、平時から厚生労働省と消防庁の間で協議し、感染症患者搬送の原則を示すことが重要である。
現在の保健所は、健康づくりや平時の感染症に対する体制であり、第5波や第6波のような急速かつ大規模な感染拡大には対応できないことは明らかである。災害時対応に適した体制作りが急務である。
4)PCR検査に関わる課題
感染症法第8条第3項は、「新型インフルエンザ等感染症の無症状病原体保有者については、新型インフルエンザ等感染症の患者とみなして、この法律の規定を適用する」と規定している。実際、臨床現場では接触経路の不明な感染者が多く[9]、無症状陽性者からの家庭内感染もしばしば経験する。したがって有症状感染者だけでなく、無症状病原体保有者を同定するためにPCR検査を行う必要がある。ところがわが国はSARSやMERSの流行がなかったために、PCR検査体制の確立が遅れた。とくに流行当初の2020年前半はPCR検査キットや検査体制が整わず、限られた数しか検査を実施できなかった。このため感染者や濃厚接触者の検査を優先せざるをえなかった。しかしその後、国内の検査キャパシティが増加して民間検査が発達したものの、民間検査は行政検査の管轄外であり、両者の連携はなかった。検査キットの不足については、より詳しい説明が必要だった。
民間検査の陽性者の追跡が行われていないことも一つの課題である。これは英国、ドイツ、米国などと大きく異なる点である。このため日本では市中感染の状況が不明であり、わが国の感染者数は実態よりも少なく計上されていると考えられる。
この状況に対して2020年10月、「新型コロナウイルス等AI等技術を活用したシミュレーション事業アドバイザリーボード」が、無症状者のPCRモニタリング検査を提案した[12]。この提案は、内閣官房新型コロナウイルス等対策推進室の主導により、2021年2月から10月の間、第3波で緊急事態宣言が発せられた14都道府県の延べ100万人を対象に実施された。その結果、無症状一般人口のPCR検査の陽性率は感染者数とよく相関し、市中感染を反映する指標となること、また無症状者のPCR検査の偽陽性率は極めて低いことが明らかとなった[13-15]。本事業は、本年1月から都道府県に移管され、現在、無症状者を対象とする無料PCR検査として全国で実施されている。興味深いことに、東京の第4波と第5波のピーク時の無症状者PCR陽性率は約0.3%だったのに対し[13-15]、第6波のピーク時の無症状者の陽性率は、東京都9%、静岡県8%と、第5波の東京都の30倍もの高率だった[16, 17]【図4】【図5】。第6波では無症候感染者が増加しただけでなく、感染のハイリスク者が無症状者のための無料PCR検査を利用している可能性が高い。ちなみに、本年2月末に東京マラソン参加予定者約2万5千名の唾液PCR検査を実施した民間検査会社(エフメディカルエクイップメント社)によると、PCR陽性率は0.55%だったという。なお無料PCR検査の陽性者が、引き続き行政検査を受けない場合は、感染者数の把握だけでなく、有症状の感染者に対する適切な措置が困難となる。
無症状者PCR検査の陽性率や陽性者のCt値は、市中の感染状況を把握するうえで重要な指標である。しかし限られた数の自治体が陽性率のみを公表しているにすぎない。国は自治体が公表に消極的な理由を調査するとともに、これらのデータを収集し、年代、地域、職域、学校などに関するサブグループ解析の結果と一次データを公表すべきである。また抗原検査を含めて民間検査が使用している検査キットの品質、さらに検査自体の精度についても管理が求められる。
症状の有無に関わらずPCR検査を行うことは、COVID-19対策の基本である。無症状者にPCR検査を行う目的は全数調査ではなく、ハイリスク者やハイリスク地域の調査、定点サーベイランス、アクティブサーベイランスなどである。この考えに基づき、流行初期から民間検査の資源を利用してでも公的なPCR検査を拡大し、有症状者と無症状者を含めた感染対策を講ずるべきであったと思われる。しかし現在実施されている無症状者PCR検査の情報は、東京都と静岡県などを除いてほとんど公表されていない。このため感染症法の対象となる無症状病原体保有者への対応は不十分である。感染制御と社会経済活動の両立のためには、2020年8月の日本医師会COVID-19有識者会議の「COVID-19感染制御のためのPCR検査等の拡大に関する緊急提言」における指摘のように、公的PCR検査を拡大する必要がある[18]。
図4 |
東京都の第6波(2022年1月から4月)における新規患者数(左)と無症状者PCR検査陽性率(右) |
新規患者数は、https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/、無症状者PCR検査陽性率は、https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kansen/kensa/kensuu.htmlより筆者作成 |
図5 |
静岡県の第6波(2022年1月から4月)における新規感染者数(左)と、無症状者PCR検査および抗原検査の陽性率(右) |
いずれも静岡県の公表データをもとに筆者作成感染者数はhttps://stopcovid19.code4numazu.org/、無症状者PCR陽性率と無症状抗原陽性率は、http://www2.pref.shizuoka.jp/all/kisha.nsf/c3db48f94231df2e4925714700049a4e/9141ca770a116430492588320011e1e4?OpenDocument による |
5)重大健康危機のための法整備
本有識者会議におけるこれまでのヒアリングや議論では、パンデミックに対する備えとして、平時から法整備をしておくべきという意見が多く聞かれた。昨年の感染症法と特措法の改正により改善したとはいえ、病床確保や情報収集にはいまだに多くの困難があり、詳細な取り決めが必要である。さらに国、都道府県知事、政令指定都市、特別区や市町村長の間の指示命令系統を明確化することにより調整機能を強化する必要がある。これは新型コロナウイルスパンデミックに限らず、危機管理における政府と自治体の行政権限のあり方に関わる問題である。今回のパンデミックを契機に、健康医療に関する有事の体制のために、感染症法や特措法の見直しが求められることは明らかである。本年1月に活動を開始した政府の第33次地方制度調査会においても、健康医療に関する有事法制が主要論点の一つとなっている。議論において重要なのは、国民の信頼を担保するに足る適切なガバナンス構造と、国民に説明するための情報共有である。したがってパンデミック時の情報収集の仕組みについては、最優先で体制を整えるべきである。
本パンデミックでは関係省庁の事務連絡や協力要請により医師、看護師等医療従事者の広域応援が行われた。今後、災害医療で実績を積み重ねてきたDMATやDPATの活動要領等を踏まえつつ、災害対策基本法等に基づく国や自治体の職員派遣、消防組織法に基づく緊急消防援助隊のような法制化を検討すべきである。
2 専門家助言組織のあり方
専門家の助言は、政府が感染対策を講ずるためだけでなく、リスクコミュニケーションを通じて国民の納得感を高めるためにも重要である。とくにコロナパンデミックはすべての人に初めての経験であり、情報収集、調査、研究、わかりやすい説明が必須である。しかし新型コロナウイルスは次々と変異し、専門家といえども想定外の流行をしてきた。また情報収集に制約があり、情報公開と説明も必ずしも十分でなかった。政策判断に用いられた専門家の分析も詳細が公開されることが少なく、限られた数理モデルや分析に依存しているとする意見があった。情報公開と国民へのわかりやすい説明により、科学的妥当性と透明性を担保することが重要である。
パンデミックのような国家危機においては、学際的な分析や最新の知見の共有が必須である。したがって専門家助言組織は、国内外の疫学・臨床・基礎研究の情報を分析するとともに、国内の調査・研究を推進して具体的な対策を立てなければならない。そのためには多様な研究者との協働を図ること、同時に専門家助言組織の根拠と位置づけ、他の会議との関係について明確化する必要がある。構成員には研究経験のある人材をできるだけ登用し、臨床研究者や免疫学者を加えることにより、学際的分析や臨床研究を指導できる体制とする。なお専門家助言組織は、政府に協力する部分と、政府に対して厳しい部分の両面があるべきである。情報が不十分ならば、情報収集及び国内の研究推進のための提言、勧告、協力要請を、政府、自治体、国民に対して行うことは、科学者としての責務である。
1)PCR検査に関わる課題
PCR検査のあり方についてはすでに述べた(本意見書1章4項)。この問題は、今後、公衆衛生関係者だけでなく、臨床検査医学や臨床医学系の学会を含めた議論が必要である。
当初、PCR検査を拡大できなかった主な理由は、検査試薬の不足だった。このことは国民に説明する必要があった。それ以外にも検査の偽陽性への懸念があった。この点について、分科会は、2020年10月、PCR検査の偽陽性率を0.1%と仮定して方針を説明している[19]。偽陽性率が0.1%の場合、感染率0.1%の集団で一斉にPCR検査をすると、感染者を判定する陽性的中率は41%となる。このことと検査キットの不足から、PCR検査は感染者と濃厚接触者に優先して用いる方針とした[19]。
PCR検査の偽陽性率を示すデータを得ることは容易でないが、流行が収まった時期の無症状者PCR検査の陽性率が参考となる。すなわち第4波と第5波の谷間にあたる2021年6月28日~7月4日に内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室が無症状者に実施した50,220名のPCR検査では、陽性者は14名(0.028%)だった(参考資料[15]図表9)。また第6波直前の12月20日~26日に東京都が行った無料PCR検査8018名の陽性者はゼロだった[16]。これらのデータからPCR検査の偽陽性率は0.1%よりもかなり低く、陽性的中率は41%よりも高いと考えられる。そうであれば事前確率をもとに検査対象を絞るのではなく、検査のキャパシティを拡大して、ハイリスク地域・集団における調査、一般人口のサーベイランス、さらに社会経済活動のために必要な人達に広く拡大するという検査戦略を考えるべきである。そのためにもPCR検査の精度管理を行い、陽性基準とするCt値を明示する必要がある。検査キットの確保は、民間検査と連携すれば可能だった。
COVID-19の水際対策と市中感染対策とでは、検査の方針は異なる。とくに2020年夏以降は、社会経済活動と感染制御の両立が求められるようになった。これを実現するには、検査の偽陽性率をしっかり把握したうえで、PCR検査をサーベイランスなどに用いて市中感染の状況を把握しなければならない。専門家は、流行状況と社会経済的な変化に応じた検査体制の見直しを助言する役割を担っている。
2)クラスター対策と積極的疫学調査をめぐる課題
病院内や学生寮などで発生するクラスターに対応することは感染制御の基本であり、流行初期には地域でも一定の効果が認められる[20]。専門家会議は流行初期の110名の観察に基づいてクラスター対策の重要性を唱え、「三密回避」などの社会意識の向上に貢献した[21]。同時に、「感染者の4/5は他の人に感染させず、1/5の感染者がクラスター感染を生みだして感染が拡大する、クラスターを抑制することで流行をある程度制御できる」と説明し、感染の発端者から感染源を遡行する「さかのぼり接触者調査」を推進した[22, 23]。
しかし市中感染がまん延した状況で、「さかのぼり接触者調査」が地域の感染拡大防止にどれだけ有効だったかは、今後、学術的な検証が必要である。実際、2020年4月の東京都のデータによると、接触経路不明者の割合は感染者の約7-8割であり、その後も6-7割の状態が続いた[24]。このことは、仮にCOVID-19がクラスターを中心に地域に拡大するとしても、すべてのクラスターを捕捉することはできないことを意味している。
したがって流行期には、クラスター対策を進めつつも、サーベイランスを併用して対策を講ずる必要があり、両者のバランスが重要である。保健所の機能に限界がある以上、「さかのぼり接触者調査」を重視するあまり、市中感染の状況を把握できないのであれば、体制を見直さなければならない。なお「さかのぼり接触者調査」は、東京都では昨年8月以来、市中感染が拡大したために行われていないが、感染率の低い鳥取県では感染拡大防止にいまも有効とされる[25]。したがって全国一律の方針ではなく、きめ細かい対応と説明が大切である。専門家は感染状況の変化に応じた「積極的疫学調査」と「さかのぼり接触者調査」のあり方について、多角的に議論を深める必要がある。
専門家助言組織の使命は、危機管理時に自由な発想で議論し、状況の変化に応じて適切な科学的な助言を行うことである。そのためには専門家助言組織の位置づけや他の会議との関係を明確にし、柔軟な発想のできる多様な人材の登用が重要である[26]。すなわち学協会等と連携する協議体を構成すること、とくにパンデミック時にはアカデミアと協働して運営するデータセンターを設置し、広くデータを公開するべきである。
3 研究体制の課題
2020年に科学技術振興機構研究開発戦略センター(JST-CRDS)が、パンデミックに備えた感染症研究プラットフォームの構築について提言をまとめた[27]。いかなる研究機関であれ、研究はヒエラルキー構造のない環境のもとで自由な発想が保証されること、分野横断的な人事交流を図ることが重要である。とくに新型ウイルスによるパンデミックという未曽有の事態においては、柔軟な発想で調査・研究を行いつつ対処しなければならない。
今回のパンデミックではわが国からのCOVID-19に関する報告が少なく、2020年の論文数は世界16位だった。この状況は科学的助言体制の弱体化につながる。しかし21年は14位、22年は12位と論文数と順位は改善傾向にある【図6】。これはパンデミックの初期に研究者へのデータ提供が難しかったことによる可能性がある。その他に、基盤となる疫学情報収集の仕組みが整備されていない、広くアカデミアで議論する体制が弱い、中核病院における治療薬やワクチンの効果検証のための臨床研究の体制が整備されていない、国際共同研究の経験が乏しい、などが理由として挙げられる。平時から臨床研究の体制を整備しておくとともに、パンデミック時に研究者と研究資源を動員する仕組みも必要である。
図6 |
新型コロナウイルスに関連する論文数の国際比較(2020年~2022年) |
日本は16位→14位→12位と徐々に増加した。当初、日本の研究者はデータにアクセスできなかった可能性がある。 |
科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)辻真博フェロー作成 |
深刻なのは基礎研究の置かれた状況である。海外で治療薬やワクチン開発が迅速に進んだ背景には、コロナウイルスを科学的興味から地道に研究していた研究者の存在があった。コロナウイルスの動物種を超えた感染機構、ゲノムの複製機構、ゲノム変異と進化、RNA工学などの研究が行われていた。過去のコロナウイルス感染症の経験とこれらの研究基盤があって、モデルナ社はMERSに対するmRNAワクチンの開発を進めていた。しかし新型コロナウイルスのゲノム配列が中国当局から公表されると、3日後の2020年1月13日には計画を変更してCOVID-19のワクチン製造を始めたという[28]。
わが国の感染症に関する研究予算は、他領域に比べて圧倒的に少ない【図7】。またAMEDの感染症研究費も、ワクチンや薬剤開発などの実用化研究が中心であり、大型の基礎研究は支援されない、さらに予算を獲得した各省の意図を超えたAMEDの裁量は難しい。厚生労働省が直接管理する感染症の研究費もあるが、2020年当時で20億円と主要国の中でも少ない。なお基礎研究は文部科学省の科学研究費補助金(科研費)で支援されるが、小規模な研究費が中心であり、大型の感染症基礎研究はごく少数である。
図7 |
日米の医療研究開発予算の比較(コロナ以前、2016年~2019年の年平均額) |
米国は、がんと感染症を同等に重視している。日本は感染症研究への配分が極めて少ない。 |
科学技術振興機構研究開発戦略センター(JST-CRDS)辻真博フェロー作成 |
新興・再興感染症は、人獣共通感染症が気候温暖化、自然破壊、国際化などにより、人間社会に及んだものである場合が多い。気候温暖化によって、パンデミックのリスクの大幅な上昇を警告する報告も見られる[29]。いかなるウイルスが次にパンデミックを引き起こすかは予測できない。このため海外の感染症流行地域との国際協力研究を欠かせない[27]。わが国ではSARS危機を受けて、文部科学省による新興・再興感染症研究拠点形成プログラムが開始された。これにより中国との共同研究が始まり、人的交流も進められてきた。この交流は今回のパンデミックでも、情報共有などで成果があった。しかし近年、研究予算は減少し、かつ研究拠点が増加したため、プログラムあたりの研究費は大きく減少している【図8】。パンデミック発生時の国立感染研の予算と人員も、主要国に比べて弱体だった[27]【図9】。
図8 |
文科省の感染症国際共同研究事業と予算 |
感染症の国際共同研究事業の予算は減少傾向にあるが、採択数が倍以上に増加したため、個別テーマの予算規模は大きく減少した。 |
科学技術振興機構研究開発戦略センター(JST-CRDS)辻真博フェロー作成 |
図9 |
コロナパンデミック発生当時の主要国の感染症研究機関・疾病管理機関の予算と人員 |
国立感染研の数字は2020年当時のもの。2021年度は716名に増員された。 |
科学技術振興機構研究開発戦略センター(JST-CRDS)資料による |
感染者からの検体利活用についても、多くの課題が存在する。新型コロナウイルスの変異株が問題となった2021年春に、変異株のゲノムデータと感染者の臨床情報を統合し、変異株の重症化リスク、治療効果、ワクチンの効果、さらに公衆衛生上の課題に対応しつつ治療薬やワクチン開発に活用することなどが議論された。しかし感染研のキャパシティ不足、アカデミアの研究者との共通データプラットフォームの不備、多忙な臨床現場での同意取得の制約などにより、計画の推進には多くの障害があった。重大健康危機をもたらすパンデミック時の検体活用と第三者提供に関する仕組みを、この機会に整備する必要がある。
4 情報基盤と情報の提示に関する課題
パンデミックでは状況が目まぐるしく変化する。全体を俯瞰しつつ対策を立てるには、中央にデータセンターを置く必要がある。センターは機動的かつ柔軟な解析が可能で、研究者や社会とデータを共有できる体制とすること、多彩な専門領域の研究者による利用を想定し、多様なデータを融合・解析可能なデータ構造とすること、そのデザインを平時に検討しておくことが肝要である。また、必要な法整備と担当する機関、フォーマットなどを平時から準備しなければならない。さらに学際的な人材を活用し、データを用いてわかりやすく国民に説明すること(リスクコミュニケーション)が重要である。
医療現場では平時から多様な情報が溢れているにも関わらず、デジタル改革が遅れている。感染者の保健所への連絡にファックスが使われているのも、インターネット環境の整備されていない小規模な医療機関の多いことによるという[30]。保健所や関連行政機関の情報基盤の遅れも甚だしい。その他に、コロナパンデミックでは情報共有と業務の効率化に関する課題が多い[31]。患者登録システムであるHER-SYSも、重複登録、感染症法第15条に基づく入力負担、セキュリティ、システム設計などに多くの問題点を抱えている[30]。さらに新型コロナウイルス接触確認アプリCOCOAも利用者が少なく、どれだけ機能したか不明である[32]。コロナ対策システムに障害が多い原因として、現場をよく理解する関係者の意見を参考にしてユーザー視点のアプリが作られていないことがあげられる。アプリ開発には関係者との事前の協議が重要であり、少なくとも業者への丸投げは禁物である。
政府および自治体のデータ公開についても改善が求められる。例えば、HER-SYSのデータを行政や感染研の研究者は扱えるが、民間の研究者は利用できない。これは匿名化などの手続きのもとに使用可能とすべきである。また、ワクチンの副作用に関する情報も欧米に比べて乏しい。さらに内閣官房、厚生労働省、自治体それぞれの流儀でデータを公開しており一貫性がない。pdfでの公開はいまだに多い。また新規データが1週間分のみが公開され、以前の週単位のデータが消去されることも多かった。このため毎週画面を撮影しておかないと、時系列の変化を分析することができない。【図2】の世代別の感染者数も、昨年末までは直近一週間分の世代別患者数が公表され、以前のデータは累計に組み込まれていた。これは最近、一次データファイルが公開され、世代別人口と組み合わせることにより世代別感染率を計算できるようになった。パンデミックにおいては、研究者がデータを二次利用できるようにデータファイルを公開すべきである。
国民への情報発信にも多くの課題がある。海外や国内の外国人にも「わかりやすい情報公開」を心掛けることが重要である。
5 司令塔のあり方
これまでの検討から政府の司令塔機能を強化する必要性は明らかである。司令塔は、1)透明性、2)科学的エクセレンス(人材)等を担保し、本意見書で述べた様々な環境を整備する必要がある。とくに緊急事態時には、内閣危機管理監との連携が重要である。なお「司令塔による対策の説明」と「専門家助言組織による科学的な観点からの裏付けの説明」は同じ場で、両輪となってなされるべきである。
この中で、日本医学会連合の「Japan CDC(仮称)創設に関する委員会(第二次)」(委員長 大阪大学 磯博康教授)が行った提言が参考となる[33]。すなわち「科学的エビデンスに基づく政策提言を行うため、健康危機に関する情報の包括的な収集・分析・蓄積と公表、緊急事態オペレーションに資するエビデンス提供、アカデミアにおけるエビデンス創出支援のための情報提供、国際機関や海外研究機関との連携による情報の収集・分析・蓄積と海外への情報発信、健康危機管理に対応できる人材育成・活用の支援、そして中長期的には広く疾病予防を目指した常設組織の創設などを提言する。一方で、発生した危機的事態に際しては、本組織の機能を保ちつつ、政府を中心とした緊急事態オペレーションや実働部門への技術的・人的支援を行う」としている。さらに方策として、「情報の一元化による国、自治体、アカデミア、国民の間での必要な情報の共有と活用」、「情報・試料の活用によるアカデミアでのエビデンス創出の促進」、「国、都道府県、市町村・政令市・特別区の平時からの連携・協働の強化」、「健康危機管理に対応した保健医療体制の抜本的見直し」、「平時の人材育成と緊急時の動員によるサージキャパシティの確保」などが述べられている。英国のScientific Advisory Group for Emergencies (SAGE)、New and Emerging Respiratory Virus Threats Advisory Group (NERVTAG)、Scientific Pandemic Influenza Group on Modelling (SPI-M)と併せて、今後の検討において参考とすべきである[34]。
おわりに
わが国の新型コロナウイルスによる感染者数と死亡者数は主要国よりも少なく、対策は成功したように思われる。しかしPCR検査数が少なく市中感染の実態把握は十分でない、日本型モデル、すなわち強制ではなく要請を基本とする対策が、迅速な意思決定を困難にしたなどの指摘もあり、国民の納得感が高いとは言えない。とくに次のパンデミックに活用できる科学的な教訓が共有されていないことは問題である。コロナ対策に伴う現場の負担と社会、経済、財政への負荷が大きいことにも注目すべきである。教育・経済格差の拡大、婚姻数減少、出生率低下、リモート授業の常態化による学生の孤立などは、コロナ対策の合併症ともいえる。このように新型コロナウイルス感染症の感染率、重症度、感染対策による日常生活への影響は世代によって大きく異なるため、多様な世代の意見を聴取して対策を立てることが重要である。
コロナウイルスは、2003年のSARS、2012年のMERSの流行により人獣共通感染症として注目されるようになった。しかしコロナウイルスゲノム変異の研究から、1890年のロシア風邪もコロナウイルス感染症の可能性があるという[28, 35]。また11世紀の宋代の呼吸器疫病や2012年の中国雲南省通関の廃坑における原因不明の肺炎もコロナウイルスとの関連が注目されている[28]。したがってコロナウイルスを含め様々な人獣共通感染症がこれからもパンデミックを繰り返すことは疑いがない[29]。平時より健康有事における法整備、体制作り、研究力の向上が急務である。対策にあたっては必要な情報を複数の方法で、必要な場所から収集し、負荷を分散することが基本である。また対策も単一の方法ではなく、複数の方法を組み合わせることが重要である。わが国ではこれらが必ずしも行われてこなかったことから、司令塔機能のあり方を見直すべきである。しかしわが国の感染症法をめぐる負の歴史を考えると、法律の整備や司令塔機能の強化のためのガバナンス・統治機構のあり方については、論議を尽くす必要がある。議論のためにもパンデミック時の情報収集、データの利活用、データセンターのあり方、情報公開の方法などを十分に検討することが望まれる。
今回のパンデミックは誰にとっても新しい経験であり、判断の誤りは避けられない。しかし誤りを徒に非難しあうのではなく、状況に応じて柔軟に対応し、その時点でのベストを尽くすこと、状況と方針を国民にわかりやすく説明することが大切である。
新型コロナウイルス感染症対策をめぐる議論は、わが国の感染症対策や危機管理のあり方の問題にとどまらない。合理主義だけでは手に負えない複雑な現象をいかに制御し、これと折り合うかという問題でもある。この中に、情報インフラ、緊急事態時のデータセンター、データ駆動型思考、分析と予測、情報共有、情報公開、説明責任、社会的格差、風評被害、互助と共助、さらに科学者助言や科学研究のあり方など、不確実な時代を生き延びるために解決すべき課題、知恵、技術が含まれている。今後、さまざまな視点と立場から、継続して多角的に検証されることを期待する。
参考(英国の対応)
鈴木亨レスター大学循環器内科教授、同大医学生命科学研究科副研究科長、東京大学医科学研究所特任教授
1 COVID-19パンデミック対策に関する法律と行政対応の課題
今回のコロナ対策は、有事対応に近い緊急法律(Coronavirus Act 2020, https://en.wikipedia.org/wiki/Coronavirus_Act_2020)が2020年3月に成立し、これに則ってロックダウンをはじめ、緊急措置がとられてきた。病床は、国管轄の病院(National Health System, NHS)がモデリングの結果をもとに、トップダウンで病床確保に向けて組織的かつ迅速に動いた(例えば仮設ナイチンゲール病院の設置を2020年4月に実施したなど)。NHSの再編成(空きベッドの確保―計30,000床、野戦病院の設営―計20,000床)と医療資源の確保(人工呼吸器30,000台、防護服、診断検査開発等)の整備を中心に進めた。防護服(PPE)確保で不足が生じた。
感染当初は2020年3月中旬までは、contain(封じ込め)、delay(遅延)、mitigate(緩和)の方針で対応し、contact trace(接触・追跡)も行った。一方、国民全般の集団免疫獲得(herd immunity)の期待もあった。しかし、同年3月16日に公表されたモデリングの結果により(https://www.imperial.ac.uk/mrc-global-infectious-disease-analysis/covid-19/report-9-impact-of-npis-on-covid-19)、公的医療制度NHSの許容範囲を超えることが危惧された。そこで感染を止めるために、急遽方針転換が行われ、suppression(抑制)への切り替えとして全国でロックダウンが3月23日に宣言された。以後ほぼ毎晩首相をはじめ、Chief Scientific Officer/CSO、Chief Medical Officer/CMO等が国民に向けて国営放送局BBCから情報提供し、発表等の根拠となったデータや資料もほぼ同時に公開された。
市中感染に関しては、ロックダウン解除後は、一定の範囲内で許容してきた。重症者、死亡者数が抑えられ、入院患者が増えても病床逼迫につながらないこと、またワクチン接種が進むこと、さらに新しい変異株の出現により状況が変化しないこと等の基準を設けて経過を観察してきた。
PCR検査をはじめ、LFT(lateral flow test、迅速抗原検査)もすべて国が統括し、無料で提供した。最大時では、一日あたり約100万件の検査を実施した。そのために、全国にlighthouse labという巨大なPCRラボを設置し、集中管理した。検体収集は、郵送、walk-in/drive-inセンターで行われた。症状を有する場合だけではなく、接触者にも検査は提供された。コロナ感染に特徴的な無症状保菌者でも感染力を有する症例が3人に一人程度のため、無症状の人にも検査を提供した。LFTは無症状でも、週に2回自宅や職場で検査できるように全国民に提供された。感染が蔓延している地区等では、door-to-doorで全住民検査も実施された。このように検査体制を整備し、実際の感染状況の把握に努めた。また、PCRサンプルをゲノム解析にも利用し、COG-UK (COVID-19 Genomics UK Consortium)等の活動を通して、世界に向けて変異株の出現やトラッキングに関する情報を提供してきた。
保健局Public Health England(PHE)は、2021年3月にUK Health Security Agency (UKHSA)という新しい組織へ移行した。UKHSAはDepartment of Health and Social Care(英国の厚労省)のexecutive agency(管理・執行組織)としての機能を有し、公衆衛生と感染症対策を主な役割とする。コロナ対応でみられた組織の縦割りを解消し、より強化するために以下の5つの機能を一本化した厚労大臣直轄の組織である。
・NHSの接触追跡機能
・Joint Biosecurity Centre(それまでの健康危機管理組織)の機能
・Public Health Englandの公衆衛生と感染症対策機能
・パンデミック等の外部からの健康危機に対する対策の担当
・コロナの診断検査の許認可
2 専門家助言組織のあり方
指示命令系統についてはDepartment of Health and Social Security(DHSC、英国の厚労省)をトップに、DHSC管轄の保健局Public Health England(現UK Health Security Agency (UKHSA))の支部が各自治体における情報を収集し、DHSCに情報を伝達して、情報の統括とオペレーションが一本化された。収集されたデータは毎日政府のホームページ(https://coronavirus.data.gov.uk)で公表された。
また政府としては、内閣府レベルで統括され(Cabinet Office Briefing Room, COBR)、Scientific Advisory Group for Emergencies (SAGE)等の専門家集団がCOBRに助言した。SAGEの下には、さらに呼吸器疾患の専門家集団New and Emerging Respiratory Virus Threats Advisory Group (NERVTAG)やモデリングの専門家集団Scientific Pandemic Influenza Group on Modelling (SPI-M)があり、それぞれの委員会にアカデミアから参加した。
3 研究体制の課題
NIHR(National Institutes of Health Research)を中心に、臨床試験の実施と支援体制を推進し、多くの臨床試験を実施してきた。代表的なRECOVERY試験は、開始後3ヶ月間に1万人をエントリーし、薬剤の有効性を示したランドマーク的な試験として知られている。具体的には、2020年3月3日に研究費支出が決定された後、3月19日には最初の治験患者がエントリーされ、6月6日には、患者1万人分の解析結果からステロイド(デキサメタゾン)の有効性が示された。全国レベルで大学関係者、医療関係者が協力した。また、特筆すべきことは、英国はワクチンの導入また確保に向けて迅速に動いたことである。ワクチンの確保(先行投資)や開発への投資、また国民に向けての迅速な提供を行った。
英国の公的医療機関National Health System (NHS) における研究を管轄する組織がNIHRとなる。NIHRのトップはCMOのProf. Chris Whittyであり、NIHRは英国のNHS病院に予算を配し、オペレーションレベルでも統括している(NIHR Biomedical Research CentreやClinical Research Networkの組織等を介して)。平時からNIHRが統括してきた臨床研究等の全国における協力体制ならびに組織のインフラがベースにあったために、今回のパンデミックにおいて、迅速に疫学研究や臨床研究で対応できたことを指摘したい。日本には英国のNIHRに相当する機関がない。
参考(ドイツの対応)
牧元久樹ハインリッヒハイネ・デュッセルドルフ大学循環器内科准教授
ドイツにおけるコロナ対策は、特にパンデミック初期の急性期には連邦政府の統率力が強力、機敏かつ柔軟に発揮された。感染が長期化してからはまた各州の自治体による統治が色濃くなったが、背景では国による管理が継続している。
1 法律、行政の状況
コロナ対策の法的根拠は、Verordnungenが主となっている。行政機関が制定・公布する規則で、法律(Gesetz)よりも迅速かつ柔軟に作られ、市民への法的拘束力を有する。連邦政府によるVerordnungに従う内容で、各州で個別のVerordnungが公布される。これまで非常に数多くのVerordnungが、感染状況に応じて迅速かつ頻繁に公布・改正されてきた。感染防止法(Infektionsschutzgesetz, IfSG)も以前から存在するが、従来は特定の危険感染症の報告義務に重点が置かれていた。今回のパンデミックを機にIfSGも内容を大幅に改正し、現在も改正を重ねながら発効している。例えば2021年4月の法改正により、住民10万人あたりの新規感染者数に応じて自動でロックダウンとその解除が行われるシステムが全国一律に導入されることになった。
病院施設は、平時から公立・民間問わず常に行政の統制下にある。そのため、例えば感染第1波の際には、行政からの病床確保要請も迅速に徹底された。
2 専門家の見解、政策への反映
連邦政府はパンデミック初期から一貫して、Robert Koch Institut (RKI)の助言をもとに対策を決定してきた。RKIは、政府だけでなく一般に対しても情報の収集と公開に尽力している。急性期はRKIも連日会見を行い、様々に飛び交う情報について科学的な見地から説明した。収集した情報はホームページ上で迅速に公開されている。RKIの見解が100%政策に反映されるとは限らないが、一般からみてもわかりやすい構造となっていた。
3 研究体制
公衆衛生行政がCOVID-19研究のために研究機関と連携し、例えばデータを提供するといった支援の仕方はあまり見られない。背景として、既に国の機関であるRKIが公衆衛生的な研究を主任務として担っていることが大きいものと推測される。感染症に関するあらゆるデータは公的にRKIに集約される。COVID-19に関してRKIから発表された論文はこれまでに250を超える。
研究費の面では、行政機関はパンデミック初期から積極的にCOVID-19研究を支援してきた。連邦教育研究省(Bundesministerium für Bildung und Forschung)は2022年までの2年間で最大4500万ユーロの予算をCOVID-19の研究費として確保し、これまでに約25の単独・共同研究が支援を受けている。ドイツの学術振興会に相当するDeutsche Forschungsgemeinschaft (DFG)はパンデミック開始時から中国との共同研究なども行っており、COVID-19に関する研究に2020年のみでも360万ユーロを拠出してきた。
(参考: BMBFホームページ https://www.gesundheitsforschung-bmbf.de/de/erforschung-von-covid-19-im-zuge-des-ausbruchs-von-sars-cov-2-11483.php, DFG年間報告書2020 http://83.143.2.157/download/pdf/dfg_im_profil/geschaeftsstelle/publikationen/dfg_jb2020.pdf)
4 情報基盤と情報公開
新規感染や病床逼迫状況については、州の保健省が情報を収集し、それが連邦保健省(Bundesministerium für Gesundheit)にも迅速に伝達されていた。当初からRKIがそれらの情報を集計・公開しており、例えば新規感染者数、死亡者数、PCR検査の陽性率等がホームページ上に公開され、毎日更新されている。
接触アプリCorona-Warnも導入されたが、積極的に使用している例を見聞きすることはなかった。どれだけ機能したのかは不明である。
PCR検査は、結果の把握も含め国が統括している。コロナのテストは、品質管理と結果把握のための規制(Verordnung)がおかれ、テスト方法の進化に応じて今も頻繁な改正が見られる。PCR検査結果は、検査実施機関に報告義務が課せられている。公的機関か民間かを問わず、また医療上の必要性の有無も関係なく報告義務対象となる。
ドイツでは感染拡大状況を示す客観的な指標値を作り、市民生活を制限する根拠に用いてきた。どれも医療崩壊までの距離感を強く意識した指標である。パンデミック初期は再生産数(Reproduktionszahl, 以下R値)が使われた。1人の感染者が新たに何人に感染させているかという指標である。このR値は、第一波でのロックダウンの緩和を決めた際、国民に引き続き慎重さを呼びかけるのに用いられた。「ドイツの総病床数等を基に計算するとR値が1.1を超えたら半年後に医療が崩壊する」というような表現で国民に説明された。その後、過去7日間の住民10万人あたりの新規感染者数7-Tage-Inzidenzが導入された。ワクチンが行き渡っていなかった2021年4月当時、7-Tage-Inzidenzが3日連続して100を超えたらその翌々日からいわゆるロックダウンが自動で開始するルールができた。ワクチン接種が進むと同時に、100を超えても病床逼迫に至らないというように状況が変化したため、このルールは2021年夏から停止している。2021年秋以降、オミクロン株の出現で新規感染が爆発的に増加し、冬期はドイツ全土でInzidenzが1000-2000という時期も続いた。病床状況はかなり厳しくなったが、結果として医療崩壊には至らず、ロックダウンも実行されなかった。現在でも100を下回る地域はほぼみられない。そこで新たに、7日間の住民10万人あたりのCOVID-19入院症例数7-Tage-Hospitalisierungsinzidenzが導入された。しかしこれは報告漏れやタイムラグが大きく、問題の多い指標となっている。病床が本格的に逼迫し始めたら、また新たな指標が作られる可能性がある。
5 司令塔の在り方
コロナパンデミックの最初の2年間を振り返ると、ドイツでは政治家と感染症有識者によるリーダーシップが良い形で発揮されたように見える。要因としては、もとから国の機関として感染症および公衆衛生研究を主務とするRKIを擁していたこと、民間も含めて医療機関に対する州ひいては連邦保健省からの指揮系統がしっかりしていたこと、情報の管理と公開体制がしっかりしていたこと、国の経済状況が良くコロナ政策に伴う補償を用意できたこと等が考えられる。科学者がその時点での最新情報とその解釈を提示し、政治家がそれを基に自身の政治的判断を下し、自身の責任で実行した。結果として行政は状況の変化に迅速に対応できた。完璧を目指して長時間議論するのでなく、現時点でとりあえず合格に見える政策を迅速に出して、違うと思ったらさっさと直し、市民もそれを受け入れてきた。国民性、文化、宗教観等様々な要素がからむが、もとより未来は誰にもわからない、誰でも間違いはある、間違いを恐れず今できるベストを尽くすという前向きな闘い方は、司令塔のあり方として1つの参考になる。
[参考資料]
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- Nick Triggle, Covid: UK’s early response worst public health failure ever, MPs say BBC News, https://www.bbc.com/news/health-58876089, 2021.10.21
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- David Michaels, Ezekiel J.Emanuel, Rick A.Bright, A National Strategy for COVID-19: Testing, Surveillance, and Mitigation Strategies, JAMA 2022; 327: 213-214. doi:10.1001/jama.2021.24168
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- 山口征啓、コロナ禍における情報共有と業務効率化、武見基金COVID-19有識者会議、https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/7270、2022.4.2
- 朝日新聞DIGITAL、コロナ接触アプリCOCOA、会計検査院が改善要求、https://www.asahi.com/articles/ASPBW5H26PBVUTIL003.html、2021.10.27
- 日本医学会連合、Japan CDC(仮称)創設に関する委員会(第二次)(委員長 磯博康)提言 健康危機管理と疾病予防を目指した 政策提言のための情報分析と活用並びに人材支援組織の創設、https://www.jmsf.or.jp/uploads/media/2021/01/20210126212816.pdf、2021.1.7
- 鈴木亨、参考(英国の対応)、本意見書
- 増田道明、新型コロナウイルス:どこから来て、どこに向かうのか、武見基金COVID-19有識者会議、2021.12.17