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コロナ禍における情報共有と業務効率化

著者

COI(利益相反)

注:この記事は、有識者個人の意見です。COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。

  • COVID-19パンデミックは感染症であるが、災害としての一面も大きい。大都市を中心に、流行のピーク時には医療が逼迫し、保健行政が麻痺しているのは周知のとおりである。
  • ある患者が入院するまでの流れを考えてみると、患者の情報はクリニック→保健所→病院と流れるだけであるが、この単純な流れが現場ではとても複雑な業務になり、混乱していることが多い。
  • 現場におけるデータの取り扱いに関する混乱について場面ごとに解説する。ここにお示しした事例は、ごく一例に過ぎないが、おそらく日本中で同じような状況が起こっていると思われる。
  • 作業を効率化するためには、繰り返す作業を面倒くさいと感じることが必要である。「面倒だけど、一気にやってしまおう!」ではなく、まめに効率化していくメンタリティが重要である。
  • データのデジタル化や業務改善というと業者に頼んで、システムを作成するというイメージをお持ちかもしれないが、難しいプログラミングをしなくても、エクセルや業務改善プラットフォームを利用するだけで十分である。
  • COVID-19パンデミックは歴史に残る災害で、暗いニュースが多かったが、これを機に医療業界のデジタル化が進み、医療機関も行政もアップデートされていくことを願ってやまない。

はじめに

筆者は感染症専門医として2019年11月に起業し、福岡県を中心に感染症診療、感染対策のレベル向上のために尽力している。現在は病院での診療を行いながら、県の調整本部や保健所の業務を手伝ったり、高齢者施設や障害者施設でのクラスター対応などをおこなってきた。

COVID-19パンデミックは感染症であるが、災害としての一面も大きい。大都市を中心に、流行のピーク時には医療が逼迫し、保健行政が麻痺しているのは周知のとおりである。災害時には情報が混乱して、色々な機能が麻痺する。本稿ではこのパンデミックでおこっている混乱を、データや情報の取り扱いと業務の効率化という側面から取り上げてみたい。なお、ここに挙げる事例は、筆者の体験や見聞をもとに、事例を一部脚色したり、複数の事例をまとめて作成した架空の事例であることをご了承いただきたい。

入院調整における患者情報の流れ

ある患者が入院するまでの流れを考えてみる。症状が出た患者は、病院やクリニックを受診する。PCR検査が陽性となり、医師は保健所に発生届を提出する。保健所は患者の状態に応じて、療養先を決定する。入院や宿泊療養が必要な場合は、受け入れ先を探して、搬送手段を確保する。

患者の情報はクリニック→保健所→病院と流れるだけである。行政機能が麻痺することを避けるために、間にバッファーがはいっていることもある。例えばクリニック→保健所→市の対策本部→県の調整本部→病院といった具合である。しかしフローがシンプルな一本道であることは変わらない。この単純な流れが現場ではとても複雑な業務になり、混乱していることが多い。具体的にシナリオでみてみよう。

シーン1:何が問題なのかわからない

時は2020年の夏、あなたは初めて保健所に応援にいくことになった。急激な患者増加によって、保健所内は多忙を極めていた。ライティングシートを利用して、患者情報はうまく共有されていたが、とにかく患者数が多すぎてどこの部署もまわっていなかった。

あなたはさっそく手伝おうと思ったのだが、どこを手伝えばよいかがわからない。誰に聞いても、どこの部署がどれくらい困っているかがわからない。色々な部門で大量のバックオーダーがあるようだが、把握している人がいない。あなたは、とりあえず医師のやっている仕事を見様見真似で手伝っていくことにした。徐々に業務に慣れていく中で、あなたは気がついた。全員が自分の目の前の仕事に忙殺されており、全体像を把握できている職員が誰もいなかったのである。

5分の作業が数時間に膨らむ

たとえば、患者の名前、年齢、住所、郵便番号、家族の名前を別の書類から、COVID-19用の書類に転記するような作業は患者一人あたり5分で終わる。しかし、一気に12人の患者が発生すると1時間かかってしまう。COVID-19の場合、患者数が指数関数的に増えるので、平時には5分で終わる仕事が流行のピーク時には何時間にも膨らむ。さらに、複数の患者の処理を並行して行わないといけなくなるため、待ち時間が発生して、さらに処理時間が伸びることになる。

シーン2:重要な情報は?

あなたが保健所の仕事にもなれてきたある日のこと。朝一番に陽性の報告があった。あなたはすぐに入院調整を終わらせようと気合をいれた。しかし保健師からの情報が待てど暮せど回ってこない。ようやく情報がきて、入院調整が終わったのはお昼過ぎであった。

発生届が届くと、まずは保健師が患者に電話して、現在の患者の状態を聞き取るとともに、その患者が他の患者に感染させた可能性がないかを調べる。これを疫学調査と呼ぶが、発症2日前以降の行動歴を細かく聞き取って、誰に接触したかを調べるために時間がかかる。すべての情報を集めるのに1時間以上かかることも稀ではなく、合間に他の患者の対応をしていると、終わるまで数時間かかることもある。入院調整に必要な情報だけを集めるのには時間がかからないが、すべての情報を集めてから、医師に情報が回ってきていたため、非常に時間がかかっていた。

シーン3:繰り返す手戻り

患者に入院が必要と判断したあなたは、病院へ電話して入院依頼をすることにした。事前の情報で受け入れ可能になっているA病院へ電話をかける。電話に出た医師は穏やかに対応してくれたが、患者の細かい情報を聞かれると、答えられずに困ってしまった。重症化のリスクファクターの肥満はないか? 病院へ来る際の交通手段は?小児の場合、親は付き添えるのか? 現在のADLは? 認知症の程度はなどなど、などである。また宿泊療養をする際には、食べ物アレルギーはないか? 処方薬は十分にあるか? 宿泊療養に本人は同意しているのか? などが問題となった。あなたはそのたびに電話を一旦切って、患者の状態を確認し、もう一度電話するという作業を何回も繰り返すことになった。

業務フローは一本道であっても、実際には手戻りが発生することがある。特に情報が不十分だと、フローをさかのぼって一つ前のステップに戻り、情報を取り直さないといけなくなる。このような手戻りはかなりの時間がかかる。特に流行のピーク時には電話が繋がりにくくなるため、待ち時間が発生し、さらに時間を要する。

シーン4:同じデータの取り直し

あなたは県の宿泊療養(ホテルでの療養)を担当している。がんばってホテルと交渉し、十分な部屋数を確保したにも関わらず、実際にはあまり受け入れられてないことが判明した。

原因を調べてみると、入所時の手続きに時間がかかり、1日に受け入れられる患者の数が制限されているとのことである。1人の患者あたり1時間ほどかかっていて、本来のキャパシティの半分しか稼働できていなかった。どのような業務をおこなっているかを調べると、氏名、年齢、住所など基本的な個人情報を一から収集していた。

入院でも宿泊療養でも本人確認はとても重要である。しかし、宿泊療養するまでには少なくともクリニック、保健所の2箇所で個人情報が確認されているはずである。個人を間違いなく特定することは重要であるが、毎回いちいち情報を取り直すことにメリットはない。

シーン5:デジタルデータをアナログに戻している

あなたは保健所で統計の担当をしている。病院で行ったPCR検査の結果を病院から送ってもらい、毎日、検査の陽性率を算出している。病院からはFAXでデータを送ってもらい、手入力して電子データ化している。流行のピーク時には、かなりの検査数となるため、これだけでも一仕事である。

ある日、病院の担当者と電話で話しているときに、このデータ集約の話になった。どのように処理しているかを聞いてみると、電子カルテから抽出したデータを、エクセルにまとめ、紙に用紙に印刷してから、FAXをしているということが判明した。いったんデジタルデータになったものを再度アナログデータに戻して送信していたのだ。

シーン6:全員が電話中

病院で勤務しているあなたは、保健所の近くまで仕事でやってきた。折角なので、ちょっと挨拶して、質問をして帰ろうと保健所に立ち寄った。ところが全員が電話をしていて、誰にも話しかけられない。そのまま5分、10分と待つが、なかなか電話が終わらない。やっと終わったと思うと、すぐに次の電話が来たり、他の職員が話しかけたりで、誰にも取り合ってもらえない。その日は結局諦めて、後日再訪することとした。

どうように改善できるか?

このように色々な場面で、データや情報を扱う業務が混乱し、停滞している。それでは、どのように改善できるのであろうか、いくつかの例をあげてご紹介したい。

ミーティングでの情報共有と改善

シーン1のような混乱している現場で、効率的に連携して作業をしていくにはミーティングで情報共有して、業務を改善することが不可欠である。しかし膨大な作業で、毎日遅くまで残業していると、ミーティングのタイミングを逃してしまう。また疲れ果てて、ヘトヘトになった深夜にミーティングをしても、話し合う元気は残っていない。

超多忙な中でも、1日の終りのどこかでタイムアウトを取る必要がある。完全に仕事が終わらなくても、ある程度忙しさが緩和され、目処がたった時点で、業務を止めてミーティングをして、現状の共有とフローの改善を考える。ミーティングに長い時間はとれないので、必ずしもその場で解決できなくてもよい、明日につなげていくことができれば十分である。

このような混乱する現場の組織化は、災害派遣医療チーム(DMAT: Disaster Medical Assistance Team)が得意とするところである。2020年に北九州地域を厚労省DMAT事務局にご支援いただいたが、その活動はこれまでの経験をもとに非常に洗練されており、大変感銘を受けた。情報を収集して、整理し、短時間のミーティングで共有し、プランを立てて、実行していくという、スタイルは我々も学ぶところが大きい。

5分の仕事のデジタル化をおろそかしない

5分の作業はとるに足らないように思われるが、面倒がらずに効率化していくことが非常に重要である。前述のように患者1人あたり5分の仕事も、患者数が指数関数的に増えると、数時間かかることがよくある。

また一つ一つの仕事は5分であってもそれをつなげると大幅な改善につながることがある。筆者らが福岡県COVID-19調整本部で運用しているベッドコントロールシステム(FRESH)では、

  1. 朝、新たなフォームを作成して、メールにフォームのアドレスを貼りつけて送信
  2. 病院からはCOVID-19の在院患者数と本日受け入れられる患者数を入力
  3. 調整本部はこれらの情報をスプレッドシートにまとめて、経時推移をグラフ化し、病院へメールで返す

という3つの作業を毎日おこなっていた。

調整本部が行う作業は1)と3)であるが、それぞれ5~10分で終わる仕事である。しかし病院での業務と並行してなので、ときにはもっと時間がかかることもある。そこでこれを少しずつ効率化し、2年前から自動化している。これで省略された業務は365日×10分=60時間以上である。8時間勤務として、1年間で1週間分の業務が自動化されたことになる。このように細かい作業を効率化していくと、大幅に改善し、自動化できることがある。このような改善が現場で行えることが今後は重要である。

情報の優先順位をつける

シーン2では情報の優先順位が問題となった。患者発生時の情報収集を2段階にし、まずは短時間で患者の入院調整に必要な情報を収集して、一旦医師に渡し、その後に時間のかかる疫学調査を行うこととした。これにより発生届が届いてから5~10分で療養先を選定することができるようになった。

このような改善を行うためには、全体のフローを眺めて、部門間の調整をおこなわないといけない。そのためには、前述のミーティングが欠かせない。

手戻りがなくなるように情報を整理して、一括して集める

シーン3の手戻りに対しては、入院調整や宿泊療養の申し込みに必要な情報のチェックリストを作成し、最初に十分な情報を聞き取ってから病院に連絡するように改善した。これにより、患者からの1回の電話で済むようになった。

さらにこの入院調整に必要な情報を診療情報提供書としてのテンプレートを作成し、医師会に依頼して発生届と一緒に報告していただくようにして、保健所でその情報を集めなくても良いように改善した。これにより、発生届が届いてから5~10分でその患者の療養先を決定できるようになり、患者が自宅で待機する時間は大幅に短くなった。

このように手戻りが発生しないようにするためには、フローの最初から最後までを見渡し、必要な情報を整理する必要がある。また、作業自体が変化していくため、定期的に見直しをする必要がある。

情報をデジタルで共有できるように要望する

シーン4とシーン5はどちらもデータが共有されていないことが問題であった。この場合は、自分たちだけでは改善することができないことが多く、データをやり取りしている組織と協議して、改善する必要がある。ここでもコミュニケーションが重要である。現場がこれに取り組むのが難しければ、適切な人に対応してもらわなければいけない。つまり組織内で改善要求をあげることになる。しかし、これが素直に通ることも珍しく、現場からすると「我々が言っても上がなかなか変えてくれない」という状況になる。

だからといって非効率的な作業をもくもくと繰り返していると、いつまでたっても業務効率の改善はできない。宿泊療養施設であれば、受け入れ患者数が減ってしまうし、PCR検査の入力は毎日膨大な人手がとられる。現場は、面倒臭がらずに運営主体に対して繰り返しクレームをあげなければならないし、運営している側は、現場に効率化できる部分がないかを定期的にヒアリングする必要がある。

非同期コミュニケーションを促進する

シーン6では電話のためにコミュニケーションの機会が奪われてしまうケースであった。会議や電話、ビデオ会議など、相手とタイミングを合わせて情報交換することを同期コミュニケーションと呼ぶ。一方でチャットツールやメール、電子掲示板などを利用して、お互いに都合の良いタイミングで行う情報交換を非同期コミュニケーションと呼ぶ。同期コミュニケーションは、すぐに返事が返ってくるので、一見効率が良さそうだが、実は長い目で見ると色々とデメリットがある。

シーン6でいうと通話が終わるまで待っていないといけないという問題である。「保健所に電話がつながらない」というのも同じ状態である。もし要件が、相手に何かを伝えるだけであれば、電話をかけている人の机に要件を書いた付箋を置けばこと足りる。離れた場所にいる場合はメールやチャットツールでメッセージをおくっておけば、何回も電話をかけ直す必要はない。このように非常に忙しくなった時には、非同期でコミュニケーションしたほうが効率がよくなる。

非同期コミュニケーションでは文字を書く必要があるので、時間がかかる印象があるかもしれない。しかし会話では記録が活字に残らない。したがって、会話が終わった後でその記録を残す必要がある。これは二度手間になる。非同期コミュニケーションでは、テキストでやり取りをしているので、それがそのまま記録となる。

またメーリングリストやグループメッセージのような機能を使えば、同時に他の人に共有することもできる。これが電話であれば、その内容を改めて他の人に伝えないと伝わらない。忙しくなればなるほど非同期コミュニケーションのほうが効率的になっていく。

効率化の2つのヒント

現場におけるデータの取り扱いに関する混乱について場面ごとに解説した。ここにお示しした事例は、ごく一例に過ぎない。また、今回は保健所を舞台のシナリオとしたが、病院でも同様のことは多々見受けられる。おそらく日本中で同じような状況が起こっていると思われる。このような非効率が現場に根強く残っていることが、今回のコロナ禍で浮き彫りとなった。最後にもう2つだけ、効率化のヒントをつけくわえる。

面等なことを面倒がらない面倒な日本人

私は単純作業を繰り返すのがとても嫌いである。そのような仕事が発生すると、なんとか効率化できないか? 自動化できないか? と考える。1時間の作業であれば、2時間かけても改善したい。1時間の作業を2時間かけて改善するのは本末転倒ではないかと思われるかもしれないが、もし2時間でその作業を自動化できれば、その後「繰り返される」1時間分の業務の作業時間はずっと0になる。最初は面倒でも、そこを乗り越えれば、あとは大幅に改善されるのである。

我々日本人にはこのような面倒な作業を黙々とこなす能力がある。面倒な仕事を面倒がらずにこなすのは素晴らしいが、そのために効率化が進まないということになりがちである。また、単純な作業を局所で最適化してきた結果、全体的な最適化で得られる短期的なメリットが少なくなり、現場が全体最適化に非協力的になってしまうということもよく見受けられる。

作業を効率化するためには、繰り返す作業を面倒くさいと感じることが必要である。「面倒だけど、一気にやってしまおう!」ではなく、まめに効率化していくメンタリティが重要である。

データのデジタル化を内製する

データのデジタル化や業務改善というと業者に頼んで、システムを作成するというイメージをお持ちかもしれない。それは正攻法であるが、非常にお金と時間がかかる。しかもいったん作ってしまうとカスタマイズすることは容易ではない。

 現場でのデジタル化は、むしろ部署の中で行ったほうが使い勝手はよくなる。難しいプログラミングをしなくても、エクセルや業務改善プラットフォームを利用するだけで十分である。現場のスタッフをエクセル教室のような外部の教育プログラムに参加させて、各職場に「エクセルに詳しい人」を1人育成するだけで、かなりの効果を挙げることができる。

大阪府は早くからサイボウズ社のKintoneを活用した「新型コロナウイルス対応状況管理システム」を導入している。セールスフォース社は保健所業務支援クラウドパッケージを千葉県船橋市の保健所向けに無償提供した。これにより、大量の書類が作成され、それを探すだけでとても時間がかかるという事態は解消された。

このようにデジタル化や効率化はある程度自前の人材を育成するのがお勧めである。その後、システムを外注するとしても、そのエンジニアと会話できる人材が社内にいるのといないのとでは大違いである。また、外からこのような人材を雇用しようとしても、なかなか難しいということもある。ぜひ、現場で興味のあるスタッフをみつけて育成していただきたい。

おわりに

COVID-19パンデミックは歴史に残る災害で、暗いニュースが多かったが、これを機に医療業界のデジタル化が進んでいることは、数少ない良いニュースであると思う。このチャンスを逃さずに、医療機関も行政もアップデートされていくことを願ってやまない。

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