注:この記事は、有識者個人の意見です。COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
- COVID-19罹患後に様々な臨床症候が遷延することや、急性期の症状が改善した後に、様々な症状が出現することがある。
- 通常は、COVID-19を発症後3ヶ月の時点で2ヶ月程度持続する多彩な症状を言う。
- この臨床的な状態は、Long-COVID、PASC (post-acute sequelae of SARS-CoV-2)、post COVID-19 conditionなどと呼ばれている(ここではPASCで統一する)。
- 神経症状として、記憶力低下、集中力低下、うつ、頭痛、嗅覚・味覚障害、慢性疼痛など様々である。
- 時間経過とともに症状は改善することが多いとされているが、長期に遷延したりなかなか改善しない場合もある。
- 発症の病態機序や治療法が確立していない。
- 長期的に患者をフォローするとともに、病態を解明する体制が必要である。
はじめに
COVID-19の急性期において、発熱、肺炎といった一般的な感染症候以外に、嗅覚障害や味覚障害、様々な神経系の合併症が生じることが知られている[1, 2]。また、急性期を過ぎた時期において、様々な身体合併症が遷延する場合や、一旦急性期症候が回復をしてから、再び様々な不調を認めるといったことが報告されるようになった[3-5] 。症状は多彩であり【図1】、そういった状態は様々な名称で呼ばれている【表1】.WHOではPost-COVID condition、米国ではPost-acute sequelae SARS-CoV-2 infection (PASC)と言われている.日本では罹患後症状という観点で手引きも出されている[6]。ここでは、PASCとして知られている主な神経症候を中心に、国立精神・神経医療研究センター総合内科で我々によって開設されたコロナ後遺症外来の実態もふまえ解説する。
図1 |
遷延する症状として知られているもの |
多くの症状が報告されている。ここにあげているもの以外も、遷延する罹患後症状として生じうる。 |
表1 |
いわゆるLong COVIDの名称 |
様々な名称で呼ばれているが、病態解明のためにも統一した病名による研究が望まれる。 |
□ Post-COVID condition (WHO, CDC) □ Long COVID syndrome □ Long COVID □ Long-haul COVID □ Post-acute COVID-19 □ Long-term effects of COVID □ Chronic COVID □ Post-acute sequelae SARS-CoV-2 infection (PASC) □ Post-COVID Neurological Syndrome (PCNS)(新型コロナウイルス感染症)罹患後症状 |
疫学
電子診療記録をベースにした多数の検討では、COVID-19感染後の6ヶ月以内において、57%の患者が1つ以上の症状(呼吸困難、疲労感、胸痛・咽頭痛、頭痛、腹部症状、筋痛、他の痛み、認知症状、不安・うつの9項目)を呈していた.さらに、90~180日に限っても、36.55%の患者が同様に何らかの症状を認めた[4]。こういった症候はインフルエンザ罹患後にもみられるが、その頻度が高い[4]。
メタ解析においても、発症から6ヶ月の時点で70%程度には少なくとも1つの何らかの症状がみられ、神経系症候として、嗅覚障害、記憶障害などが感染者の3割程度にみられるとされている[7]。
国立精神・神経医療研究センター総合内科で行われているコロナ後遺症外来において、COVID-19発症から3ヶ月以降を経過して受診した患者の主訴として多いものは、嗅覚・味覚障害、疲労感、記憶障害、頭痛、脱毛、睡眠障害などで、諸外国の報告と類似しており、いくつかの症状を同時に訴える場合も少なくない【図2】。
PASCのリスクとして、COVID-19が集中治療などより重症であった場合[5]や、女性、背景に不安障害を有する場合などが報告されている[8]。
前向き研究では、COVID-19感染が確認されている症例の55%にPASCに一致する症状と認める一方、COVID-19の感染が否定されている対照群13%にもPASCに一致する症候が認められた[8]。このことは、PASCを診断する上で、COVID-19の感染既往を確定することの重要性を示している。
図2 |
国立精神・神経医療研究センターコロナ後遺症外来受診患者の主訴 |
発症から3ヶ月以上経過をした患者の主訴(受診患者数=157名中COVID-19の感染をPCRあるいは抗原検査で確認できた90名 2021年6月~12月)。重複有り)。嗅覚・味覚障害、疲労感、記憶障害、頭痛など諸外国の報告と類似した傾向である。 |
診断
確立した診断基準はないが、COVID-19の感染後、あるいは無症候性の場合はPCRによる感染確認後3ヶ月した時点で、【図2】に示すような何らかの症状を有し、それが2ヶ月以上継続しているものとするWHOの定義がある[9]。しかし、厳密に症状の持続期間を定義することは難しい。
PCRによるCOVID-19の診断が確定されていない症例に対しては、抗体検査による感染確認を行うことも考慮すべきである。実際、後遺症外来において、みなし陽性とされている場合に、感染の証拠が明白でない場合があり、PASCではなく、他の疾患と考慮できる場合もある。
【図1】に示す症候は、PASC特有のものではないので、ほかの疾患の存在などを考慮することは重要である。症候だけをもってPASCと診断をすることは適切ではない。
PASCとしての主な神経障害
認知機能障害、ブレインフォグ
ブレインフォグとは、認知機能低下、頭がはっきりしない、集中力低下と言った患者自身の主観的状態を示す用語であり、病態生理学的に確立したものではない。
入院患者を対象とした横断研究で、注意、言語流暢性、意味カテゴリー流暢性、記銘や想起の低下が、外来患者に比して高率に認められた[10]。
COVID-19発症後6ヶ月の時点で、発症前の教育年数が短い場合や、無職の場合に認知機能低下が出現するリスクとなることも示されている[11]。
COVID-19の重症例では、脳血流低下や大脳皮質厚の減少などが指摘されている[12]。
COVID-19に感染後に、前頭眼窩野の皮質の厚さ、梨状葉、あるいは全脳のサイズなどが発症前の頭部MRIと比較すると萎縮することが示され、認知機能低下との関連も報告されている。嗅球を介して脳内炎症や神経系の変性などの可能性も否定できない[13]【図3】。
原因として、脳内へのウイルスの直接浸潤、脳の小血管の障害、炎症によるミクログリアの活性、視床下部-下垂体-副腎系への影響、帯状回の代謝低下などが推察されるが確立したものはない[14, 15]。
COVID-19の病理解剖例の検討でも、ウイルスの神経系の直接浸潤が全例でみられるわけではなく[16-19]、マイクログリアやアストロサイトといった中枢神経系の炎症などの可能性もPASCに関与する可能性がある[20]。
図3 |
英国におけるCOVID-19感染前と感染後の患者の頭部MRIを比較した研究 |
感染後に全脳のサイズや嗅覚に関連する部位の脳萎縮が示された。 |
Douaud G, Lee S, Alfaro-Almagro F, Arthofer C, Wang C, McCarthy P, Lange F, Andersson JLR, Griffanti L, Duff E, Jbabdi S, Taschler B, Keating P, Winkler AM, Collins R, Matthews PM, Allen N, Miller KL, Nichols TE, Smith SM. SARS-CoV-2 is associated with changes in brain structure in UK Biobank. Nature. 2022;604(7907):697-707. (CC-BYに基づき引用許可あり) |
頭痛、痛み、しびれ
頭痛が遷延することもしばしばある。機序として三叉神経を介した炎症なども仮定されているが[21]、外来診療の経験では、感染前から認めていた頭痛の悪化といった症例も少なくない。COVID-19の急性期の頭痛の多くは、緊張型頭痛のタイプをとり、長期的には多くの症例で改善がみられるとされている。一方、一部症状が遷延することもある[22]。症状が遷延する場合は、すべてをPASCに結びつけないで、頭部画像検査等で器質的な疾患がないかを確認する必要もあろう。
四肢のしびれ、痛みを訴える場合も多い。多くは、通常行われる神経伝導速度検査によって異常を認めることはなく、神経学的診察でも他覚的な異常所見に乏しい。全例ではないが、small fiber neuropathyが原因とする報告もある[23]。既往疾患(糖尿病など)やそれに対する治療薬(抗がん剤、抗生剤など)もふまえ、様々な側面から詳細に評価をすることが重要である[24]。
睡眠障害
不眠の頻度は低いとするものから、20%程度までとする報告まで様々である[5, 25, 26] 。最近のメタ解析でも20%程度されているが、6ヶ月程度までの検討であり[27]、長期的な検討が望まれる。
不眠の原因も明らかにされているわけではない。睡眠薬の開始により速やかに改善する場合はよいが、治療抵抗性の場合もある。睡眠障害専門の医師への診察を要することも検討するべきである。他の症候と同様に、睡眠障害だけを認める患者は少なく、不安、うつ、認知機能障害、嗅覚障害などを併発していることが多い。
嗅覚・味覚障害
詳細は本ホームページに三輪による解説がある(https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/7240)。
我々の外来を受診する患者の中で、長期にわたって嗅覚の障害、とくに異臭症のために日常生活の障害が著しい例があり、精神的にも不安定になることがある。多くは、食べ物の臭いがガソリンのようだと言われることが多い。T&Tオルファクトメーターによる嗅覚試験を行うと、腐敗臭や糞臭に対する改善がよく、花、甘い、果実の嗅覚障害が強いことが多い印象がある。
その他
起立性調節障害としてみられる体位性頻脈症候群(POTS)などもみられることがある。ふらつき、めまいなどを訴える患者に対しては、ベッドサイドでの臥位と立位の血圧測定と脈拍測定だけで診断を疑うことができるので、施行するようにしたい。POTSに関しては治療も含め多くの報告があるので参照されたい(米国内科学会で掲載されている動画は理解がしやすい(https://www.acpjournals.org/doi/10.7326/W20-0021)。
POTSの原因として、末梢神経障害だけでなく、内分泌障害や循環血漿量の低下なども関与するので、個々の状態を検討することは重要である。
POTSの原因として、COVID-19感染後の自律神経障害が推定されている[28] 。COVID-19感染後にPOTSを認めた若年者の皮膚生検においてパーキンソン病でみられる神経線維内のαシヌクレイン沈着を認めたという5例が報告されている[29]。今後、病態の解明が待たれる。
予後
COVID-19のパンデミックからの期間を考慮すれば、本サイト記載時期において真の長期予後は不明である。
厚生労働科学特別研究事業として行われた福永らの中間報告では、入院から退院までに疲労感・倦怠感、息苦しさ、筋力低下、睡眠障害、思考力・集中力低下、脱毛といった症状を認めた患者の3割以上が診断6ヵ月後でも認めた(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000798853.pdf)。
発症から14-15か月の時点で、嗅覚障害や味覚障害は改善がみられるが、高次脳機能障害、ブレインフォグ、しびれ、めまい、頭痛などには変化がないとする報告がある[30]。
治療
科学的に確立された治療法はない。個々の症状にあわせて検査、内服、リハビリテーションを検討することになる。インターネット、SNSなどに多くの情報が掲載され、免疫療法などを希望される場合もあるが、保険適応だけでなく、そういった治療効果の評価がまだされていないこと、副作用などによる症状の悪化の可能性も否定できないことから、医療サイドは慎重に対応をするべきである。
患者は「後遺症です」と言って受診をされることが多いが、すべての症候をPASCと即断するのではなく、既存の合併疾患の増悪などもふまえ検討をすることが望まれる。仮に、COVID-19感染がトリガーとなってある疾患が発症したとしても、治療としては、個々の疾患に有効とされているものを選択する必要があることは医師、患者ともによく理解をする必要がある。
一方、一人の患者にみられる多数の症状それぞれについて、個別の専門医へ紹介するといったスタンスは、かえって治療が難しくなることもあり、疲労感なども重なって治療継続が困難となる。たとえば、COVID-19の感染後の脱毛の主体は休止期脱毛が多いとされるが[31]、我々の後遺症外来受診をされる患者の中にも、脱毛は停止しているので、ほかの症状を診て欲しいと言われることも多い。すなわち、患者がもっとも改善を望む症状は何かといったことをよく相談しながら、治療計画を立てることが重要である。
アパシー、不安、遂行機能障害がPASCにみられる疲労感との関連が示唆されていることや[32]、感染前に精神疾患を有する可能性も指摘されていることから[8]、既往としての併存疾患や、同時にみられる症状の相互的な関連も検討しながら診療にあたる必要がある。
慢性疲労や労作後倦怠感が、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)と類似する場合もあり[33]、リハビリテーションにおいて負荷をかける際にも、個々の状態を把握・検討しながらゆっくりと進めることが必要である。
おわりに
PASCは様々な症候を呈し、一人の患者に多数の症状を同時に認めることも珍しくない。一般的な疾患と異なり、通常の検査では異常を見いだし、疾患を確定することが困難である。そのため、診療が敬遠されがちとなることも少なくないと思われる。COVID-19の感染が否定されている症例にも、PASCと呼べる状態が観察されたり、あるいは、既にPASCと診断されている場合もある。診療の過程では、通常の疾患と同様に、症候にあわせて必要な検査をおこない、既存の疾患や併発する疾患で症候を説明できるものはないかといった点を検討するスタンスを心がけている。同時に対応が難しい症候については、専門医へのコンサルテーションを行いながら、適切な治療薬がない場合でも、継続して患者の訴える症状に関わっていくスタンスが重要であろう。
米国では、RECOVER(Researching COVID to Enhance Recovery)という大規模のプロジェクトにより、臨床から基礎的なデータまでを集積する研究が開始されている(https://recovercovid.org/)。日本でもオールジャパンでPASCを検討する体制が望まれる。
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