日本医師会 COVID-19有識者会議
8.行政・法・倫理・社会, 予防・疫学

新型コロナウイルスの分子疫学と日本の感染症研究・政策の歴史から見たパンデミック対策

岩本 愛吉東京大学名誉教授
COI:なし
注:この記事は、有識者個人の意見です。日本医師会または日本医師会COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
  • 日本の感染症研究・政策の歴史から見たパンデミック対策について、歴史的な観点も含めて、考察したい。
パンデミック対策の歴史:
  • 18~19世紀、ドイツ医学を採用することを決めた日本政府、多数の若手研究者をドイツに留学させ、病原体や毒素を対象とした基礎研究や疾病の予防や治療の研究へと突き進んだ。その際に、衛生学を経験することができなかった。つまり、日本の近代細菌学の導入過程では、病原体の追求に力点が置かれ、社会科学としての感染症研究が充分顧みられなかった。
今回の新型コロナウイルス感染症の対応:
  • わが国に於けるCOVID-19の経過は、チャーター便による邦人帰国支援、クルーズ船の帰港と検疫、国内流行と推移してきた。結果的に、チャーター便とクルーズ船のミッションは成功だった。ただし、報道が過熱し、クルーズ船に集中したあまり、主に3月にヨーロッパからの流入を止められなかった。
  • 感染症危機時に、厚労省結核感染症課が全員現場担当になってしまう伝統は辞めた方が良い。冷静に対応策を練る職員が必要である。
感染症に関わる法律の立て付け:
  • 伝染病予防法から感染症法への法改正は「隔離」から「良質な医療提供」を目指したが、「医療の中の隔離の必要性」への配慮が不十分だった。「検疫・水際」から「医療・国内対応」へのシフトをスムーズにする法的根拠が必要だろう。
官民協力:
  • 官だけが担当してきた感染症危機管理の検査体制が、日本の能力を金縛りにした。
  • 感染研には、筆者が尊敬する先輩や親しい友人も多い。しかし、今回大きな問題点が見つかっている。感染研の少なくとも一部を行政に直結させ、危機対応可能な人材を確保すべきである。
  • 感染症危機管理体制に、日本の優れたロボット技術・自動化技術・情報システムを導入し、官民協力を推進すべきである。
  • そのためにも、行政検査の仕組みと感染症検査の料金体系を透明化すべきである。
レギュラトリー・サイエンスの強化:
  • PCR検査や抗原抗体検査の開発やキット化の材料提供、精度管理まで感染症検査を感染研のみに頼る現在の状況は極めて脆弱である。国立医薬品食品衛生研究所等を巻き込んで、危機対応時の精度管理・レギュラトリー・サイエンスを強化する必要がある。

新型コロナウイルスの分子疫学

ウイルスは寄生体であり、宿主がなければ増殖できない。病原性(殺傷力)の強いウイルスは人々に恐怖心を生むが、必ずしも強い伝播力を持つわけではない。強い伝播力とある程度強い病原性を持つウイルスが、最もやっかいなパンデミックを起こすと言える。コロナウイルスの場合、4つは感冒型のウイルスとされ、SARS(2003年)、MERS(2015年韓国で流行)を起こしたウイルスは比較的病原性の高いものだった。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、SARS、MERSより病原性が弱そうだが、伝播力が強い。今までで最もやっかいなコロナウイルスだと言える。

通常、ウイルスの病原性は流行とともに減弱するのが一般的である。3月に中国のグループが、「SARS-CoV-2はLとSという2つの系統に分かれ、後発のL系統の方がよりアグレッシブだ」と報告したが、現在までに否定されている[1,2]。SARS-CoV-2が異なる系統に分かれたという証拠はなく、一つのウイルス種だと考えられている。

とはいうもののDNA合成ポリメラーゼと比較して、RNAポリメラーゼはゲノム複製時の読み違えが多い。SARS-CoV-2の場合、2019年12月に武漢で分離されたウイルス(Wuhan-Hu-1/2019)を基準にすると、 SARS-CoV-2は2020年1月から4月迄の間に、約9塩基の変異を獲得しつつ流行しているという[3]。この様なウイルスゲノム上の変異を次世代シーケンサーで解析すると、パンデミック対策に極めて有用な疫学情報を得ることが出来る。国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センターによれば、大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号(クルーズ船)に由来するウイルスは国内で検出されておらず、数カ所で起こった初期の国内クラスター(“第1波”)も大きく拡大することなく消失した。一方、3月から4月にかけての国内流行は、3月初旬からヨーロッパや北米東海岸で流行し始めたウイルスと類似した変異を有していた。即ち、渡航自粛が始まるまでの海外からの帰国者(海外旅行者、海外在在留邦人)が“第2波”の流入となり、数週間のうちに全国各地へ伝播して“渡航歴なし・感染経路不明”の患者・無症状病原体保有者が増加した、と推定している[3]。つまり、分子疫学情報が行政の中枢に直結していれば、“第2波”の流入を水際でかなり制限できた可能性がある。今後の感染対策上、極めて重要な情報である。

註:“第1波”、“第2波”は、文献[3]での使用にならった。

日本の感染症研究政策の略史とパンデミック対策

細菌学の導入と傳染病研究所の発展

18~19世紀に産業革命が進んだヨーロッパでは、都市の拡大に伴って下痢症や呼吸器疾患が蔓延するようになった。19世紀半ば、イギリスのジョン・スノウ(John Snow)やドイツのマックス・ペッテンコーファー(Max Pettenkofer)は、疫学的な調査研究から汚染源の水栓を特定するなどして、上水と下水を分けた。当時コレラの原因は不明だったが、彼等は病気のコントロールに成功した【年表】[4]。ハイジーン(衛生学)と呼ばれた彼等の研究は、まさにパブリック・ヘルスの向上を目的としており、感染症対策でもあった。より検査医学的なアプローチでコレラを研究したロベルト・コッホ(Robert Koch)が、1884年にコレラ菌の特定に成功し、微生物学(細菌学)の道を開いた。明治2年(1869)にドイツ医学を採用することを決めた日本政府は、多数の若手研究者をドイツに留学させた。ペッテンコーファーのもとに留学した緒方正規は明治17年(1884)に帰国し、2年後帝国大学医科大学(現東京大学医学部)初代衛生学教授に就任した(後に初代細菌学教授併任)。コッホのもとで破傷風菌を単離した北里柴三郎は、長與專齋(内務省衛生局長)や福沢諭吉の助けを借りて、明治25年(1892)に大日本私立衛生会附属傳染病研究所(傳研)を創立した。緒方も北里も帰国後早速細菌学の研究に取りかかった。北里と緒方は、私生活では晩年まで交流したものの公的・研究面では対立した。明治32年(1899)、傳研は内務省所管の国立研究所になり、明治38年(1905)には血清薬院と痘苗製造所を合併し、日本最大の治療血清や痘苗(ワクチン)の製造所となった。しかし大正3年(1914)、傳研は突如文部省に移管され、北里ら主要な職員が総辞職し北里研究所を創立した。その後傳研は東京帝大に附置され、第2次大戦中まで治療血清等の製造販売が増大した[4,5]。

年表

以上のように、日本は原因不明の疫病の疫学研究や社会での対策を行うハイジーン(衛生学)を経験せず、一足飛びに病原体や毒素を対象とした基礎研究や疾病の予防や治療の研究へと突き進んだ。

ロックフェラー財団と国立公衆衛生院の創設

大正12年(1923)、関東大震災で甚大の被害を受けた日本に対して、ロックフェラー財団から「公衆衛生の教育と実践を行う機関設立への援助」の申し入れがあった[5]。翌年日本政府は受入を決定したものの、公衆衛生院(現国立保健医療科学院)の創立は、昭和13年(1938)までもつれた。

同年内務省から厚生省が独立し、前年には(旧)保健所法が公布されていた。公衆衛生院の目的は、厚生大臣のもとで

  1. 公衆衛生に携わる技術者の養成訓練
  2. 公衆衛生に関する講習
  3. 公衆衛生に関わる調査研究を行う

とされたが、間もなく日本は戦争に突入した。

戦後の傳研、公衆衛生院の変遷

終戦により、日本は連合国最高司令官総司令部(General Headquarters: GHQ)の管理下に置かれた。

GHQの中で衛生、医学領域を担当した公衆衛生福祉局長のクロフォード・サムス(Crawford F. Sams)大佐は、「日本には生物学的製剤の検定と管理、公衆衛生上の重要問題を扱う政府機関がない」という考えから、昭和22年(1947年)に傳研を折半した[4,5]。折半された傳研の半分の人員やスペースを使って、同年国立予防衛生研究所(予研)が設置された。予研の機能は、「病原体や治療法の研究、抗菌薬の検定、診断用血清や試薬の製造・検定と配給などを担当する」ものとされた。

米国では昭和5年(1930)に食品医薬品局(FDA)、昭和21年(1942)に疾病予防管理センター(CDC)が設置されており、サムスは、米国予防衛生研究所(NIH)というより、CDCとFDAの機能を持つような組織として構想したのかも知れない。予研は昭和30年(1955)に品川区上大崎の旧海軍大学校に移転した後、平成4年(1992)新宿区戸山に移転し、平成9年(1997)に国立感染症研究所(感染研)に改称された。もう一方の半分は東京大学に残り、昭和42年(1967)に医科学研究所に改組され、現在に至っている。

戦争中に厚生科学研究所、厚生省研究所等に改組された公衆衛生院は、昭和24年(1949)に国立公衆衛生院となり、昭和40年(1965)には「国立公衆衛生院の受講証“Diploma in Public Health”が諸外国の公衆衛生大学修士(MPH)と同等」と世界保健機関(WHO)が承認した。平成14年(2002)国立公衆衛生院は国立保健医療科学院に改組され、和光市に移転した。一方、大学に初めて公衆衛生学講座が設置されたのは昭和22年(1947:東京大学)で、最初の公衆衛生学大学院が平成19年(2007)(東京大学)である[6]。

日本では昭和25年以降(1950年代)に感染症が激減し、今もって公衆衛生学の分野で感染症を専門とする研究者が非常に少ない。

地域における公衆衛生対策:保健所と地方衛生研究所の役割

昭和12年(1937)に(旧)保健所法が公布され、自治体に保健所が設置され始めた。翌、昭和13年(1938)に内務省から衛生局と社会局が分離され、厚生省が設置された[7]。同年公衆衛生院が創立されている(上記)。

従って、厚生省(現厚生労働省)-公衆衛生院(現保健医療科学院)-保健所は、当初より国と地方自治体との関係を意図して構築した行政の基本骨格だと思われる。(旧)保健所法は昭和22年(1947)に大幅改訂された後、平成6年(1994)地域保健法に改正された。保健所の所掌範囲は極めて多岐に渡り、感染症対応は業務のごく一部に過ぎない[8]

地方衛生研究所(地衛研)は、昭和23年(1948)に発出された厚生省通達「地方衛生研究所設置要綱」によって設置された[9]。業務には極めて多岐にわたる調査研究、試験研究が課せられており、これまた感染症の業務はごく一部に過ぎない。情報の収集・解析・提供についても、「公衆衛生に関わる国、都道府県・指定都市、地衛研、保健所、市町村のネットワークにおける地方拠点とされている[10]。全国に約80ヶ所の地衛研があり、常勤職、予算ともに大幅に削減されている[11]。一部保健所と業務がかぶっているようにも思われるが、どちらも火の車であろうことは疑いようがない。

以上非常に乱暴だが、明治以来の感染症領域におけるアカデミア(大学)の研究やパブリック・ヘルス(公衆衛生)対策をざっと振り返ってみた。戦争を挟みながら、文部省(現文部科学省)によるアカデミアと内務省(厚生省→厚生労働省)による政策・対策の管轄が複雑に入り組み、中央(国)と地域(地方自治体)の役割が維持されてきた。

国内流行初期(1月~3月)のまとめと課題

わが国に於けるCOVID-19の経過は、チャーター便による邦人帰国支援、クルーズ船の帰港と検疫、国内流行と推移してきた。海外在住邦人の救出、大型クルーズ船への対応、国内流行のいずれもが近未来に再び起こり得ることである。

チャーター便による帰国支援では、1月末から計5便のチャーター機で829人が帰国し、陽性者15人で死亡者は無かった。周遊中に感染者の乗船が確認されたクルーズ船(乗員乗客3,711人)が、2月3日に横浜港に帰港した。

厚生労働省(厚労省)が2月5日までに全員の問診・健康診断を行い、同日からクルーズ船を14日間の検疫下に置いた。3月1日に全員が下船したが、結果的に723人が感染し13人が死亡した(感染率723/3711×100 =19.5%、致死率13/723×100 =1.8%)。1月16日以降、武漢からの帰国者や旅行者数名の感染が報告された後、1月28日に奈良県のバス運転手が最初の国内感染例として報告された。2月下旬に北海道で感染者数が急増したが、全国的には3月24日頃まで1日の報告数が50人前後で推移した。しかし、3月27日に初めて1日報告数が100人を突破すると対数増加の局面に入り、791人(4月11日)まで増加した。

政府がいち早く判断し、民間チャーター便が飛び、民間ホテルも一翼を担ったミッションは成功だった。2月のクルーズ船対応でも、国内にウイルスは拡散せず、検疫としては成功だったと言えよう。しかし、数週間にわたって報道が過熱し、連日厚労省の審議官クラスがその日の検査結果を発表した【図表1】。

その間、各国からは日本のPCR検査能力の無さを揶揄され、船内で広がる感染を放置しているとの一斉砲火を浴びた。

国内でも2月下旬あたりから小クラスターが発生していたにもかかわらず、危機管理体制を見直すことなくクルーズ船に集中したあまり、重要な時期を失してしまった。3月19日の新型コロナウイルス専門家会議以降、日本の対応がすっかりクラスター対策一色になった。

図表1
クルーズ船における検査陽性者数の経過。2020年2月19日テレビ報道

感染症に関わる法律の立て付け

明治30年(1897)、コレラ、天然痘、ペストなど10種類の急性伝染病を対象疾患とした伝染病予防法が公布され、以後100年間施行された。平成10年(1998)、伝染病予防法と性病予防法、エイズ予防法を統合し、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」が制定・交付され、平成11年(1999)4月から施行された。感染症法は、一類感染症から五類感染症(当初は四類)までの疾病類型を原因微生物によって分類し、届出の要否や法に基づく入院勧告の可否等を規定している。

伝染病予防法から感染症法への法改正は、「隔離」中心の蔓延防止から『感染症指定医療機関において良質かつ適切な「医療」を提供する体制』への変換とされたが、「医療の中における隔離の必要性」の配慮が十分だったとは言えない[12]。院内感染予防は、ウイルス性出血熱など一類感染症の封じ込めを中心に議論され、一般社会において極めて強い伝播力を示す病原体を想定していなかった。

新型コロナウイルス感染症は、2020年1月28日に指定感染症(期限1年間、1回限り延長可能)とされた[13]。感染症法においては、感染症指定医療機関における感染症病床に入院させなければならない。一方、法的に指定された感染症指定病床は1,871床しかない(2019年4月1日現在)[14,15]。今回、クルーズ船内で多数の患者が発生し、疑似患者や無症状感染者も隔離することとなったため、感染症指定病床が急激に逼迫した。2009年のA(H1N1)pdm09型インフルエンザの流行時にも同様の経験があったと記憶するが、インフルエンザウイルスの場合、あまりに伝播力が強く、あっという間に感染症指定医療機関だけではなく一般医療機関も巻き込まれ、議論が深まらなかったように記憶する。

少なくとも、新型コロナウイルス感染症や新型インフルエンザ等の新型急性呼吸器感染症の発生時に医療現場が迅速に対応できるよう、感染症法あるいは特別措置法の規定の一部を変更することが必要だろう。

日本の検査診断能力の問題

2020年1月から現時点までの間に、最も注目されたのは日本のPCR検査能力の低さであった。5月4日新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が、「日本においてPCR等検査能力が早期に拡充されなかった理由」を考察し、多数の原因や理由を挙げた[16]。例えば、

  1. 行政検査が主体の地衛研は新しい病原体について大量に検査を行う制度や体制になっていない
  2. SARSやMERSの国内例がなく、PCR検査能力の拡充を求める議論がおこらなかった
  3. 重症例などの検査を優先させざるを得なかった
  4. 保健所業務が過多
  5. 感染検体を運ぶための特殊輸送機材がなかった

等々。少し違う角度から考えてみたい。

政府新型コロナウイルス感染症対策本部は、2月13日の緊急対応策で次のような検査体制の強化を発信している[17]。「感染研において、多量検体検査システムの緊急整備を行い、可能検体数を大幅に増加させる(1回200程度を800程度に増加)」。専門家委員会の考察では感染研の検体検査についてまったく触れていない。厚労省が発表した感染研、検疫所、地衛研・保健所、民間検査会社、大学等、医療機関の2月18日から4月23日までの間における検査件数のデータを見ると、感染研の検査総数は1日平均120件である[18]。

民間検査機関でのPCR検査が進まないのは何故だろうか。がん(白血病)の診療にいくつかPCR検査が保険承認されている。例えばD006-9WT1 mRNAのRT-PCR検査は2,520点、即ち25,200円、D-006-13 骨髄微小残存病変定量測定は、遺伝子再構成の同定が3,500点(35,000円)、モニタリングに用いるものが2,100点(21,000円)である[19,20]。一方、これまでに感染症の遺伝子検査で製造承認されたものは、筆者の知る限りLAMP法を使った栄研化学のSARSコロナウイルス検出試薬キットのみで、保険点数は480点、4,800円である[21]。がんの遺伝子検査と感染症の遺伝子検査では、実に5倍ほどの価格差がある。

行政検査の価格をみてみると、2020年1月28日の厚労省の通達で、「新型コロナウイルス感染症の病原体の有無に関する検査の手数料を4,200円と定める」とある[13]。その後3月4日に厚労省は、「新型コロナウイルス核酸検出の保険適用の取扱いについて」との通達を発出し、保険適用後の行政検査の検査料を5,850円(6歳から70歳まで)とした[22]。国は、3月6日からPCR検査「SARS-CoV-2核酸抽出」を保険適用し、3月25日には『検査価格の実態を踏まえ、「SARSコロナウイルス核酸検出 450点」の4回分 1,800点、(18,000円)輸送を伴わない場合は、1,350点(13,500円)とした』[23]。

保険適用が、患者数の増加や検査目的の患者診療への変化であれば、そのような変化を円滑に行う法的な仕組みを整備した方が良い。

今後の新規のパンデミックも、恐らく新型インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスによる急性呼吸器感染症の可能性が高い。感染症法における新型呼吸器感染症の位置づけについての議論が必要である。行政検査や核酸検査の価格設定の根拠も明確ではない。「行政検査は、感染症検査を行政機関に留め、民間会社を参入させないための仕組みだ」と言われても仕方が無いだろう。

感染症危機管理検査の自動化と情報の集約化、検体輸送等

クルーズ船対応における検査数の少なさが心底理解できなかった筆者は、3月17日に某民間検査会社の見学に出かけた。そこで白血病のPCR検査ラインを見たが、当時核酸抽出とRT-PCR工程はまだ分離していたものの、それぞれの行程の自動マシンが夥しい数の検体を処理していた。Laboratory Information Management System(LIMS)により検体は統合管理され、検体登録から集計のステップまでが情報管理されていた。検体採取時(保健所や病院、診療所、PCRセンターなどの問診)からの情報を含め、個人情報に注意しながら一括管理し、迅速に地方自治体と検査件数や結果の情報を共有すべきである。検査会社の主力機器は、いわゆる“一芸マシン”であったが、3月12日に産総研で見学した“まほろ”のようなヒト型ロボットも次世代シーケンサーに実用されている。日本のロボット技術は素晴らしいのである。なぜ人海戦術に頼ろうとするのか、検査精度の上からもロボットを用いた全自動システムが望ましいし、日本はそれが可能である。

2月に和歌山県で小クラスターが発生した時、仁坂和歌山県知事が「必要な人全員を検査する」と発言したのに感動した。また「150検体は大阪に依頼した」との発言を聞き、3月24日に大阪健康安全基盤研究所の見学に行った。旧大阪府立公衆衛生研究所と旧大阪市立衛生研究所がすでに大阪健康安全基盤研究所に統合され、新家屋の建設中であった。旧施設の中で、奥野理事長はじめ職員の方々から話しを聞いた。14ヶ所の保健所から届く検体はまったくバラバラで、職員4、5人がかりの対応でも受付に約2時間かかるとのことだった。検体容器が統一されることが望ましいし、上記のように問診・検体採取の時点からデジタル情報に載れば、一貫した検査がオール・ジャパンで行われるはずである。

検体の輸送に関しても疑問点が多い。今回、中国は1月12日にSARS-CoV-2のシーケンス情報を発表した。もちろん国内でのウイルス分離は重要であったと考える。しかし、PCR検査やシーケンスのためであれば、検体採取時に界面活性剤等で不活化したウイルス検体で十分ではないか。世界中で宅配が最も進化しているはずの日本で、「民間輸送業者が検体を運ばないために検査が進まない」、という話を何度も耳にした。検体が拭い液であろうと、唾液であろうと、生のまま運ぶ必要のある感染性の検体と不活化した検体を峻別し、不活化方法の基準作りや検体の安定性の研究を推進し、安全な輸送を目指すべきである。

日本は狭い国だが南北に長い。今回、北海道や福岡県で独立したかなりの規模のクラスターが生じたことを考えると、本州に2ヶ所、北海道と九州に1ヶ所、少なくとも計4ヶ所の検査拠点は必要だろう。これらの拠点では、巨大な国際空港からの検体と大型クルーズ船への対応を考慮した自動化検査システムが必要だろう。パンデミックは再び必発だが、それがいつなのかは分からない。常に大型の機械や人員を揃えておくのは経済的に不合理である。不要時には貸し出すなど、民間検査機関との協力関係を構築すべきである。

調(しらべ)山口県衛生研究所長から、「東京に検体を送ると結果が届くのに7日かかる」と伺った。筆者は保健所と地方衛生研究所の関係まで踏み込んで、自治体での検査システムについて述べる立場にないが、地域の行政機関を活用した地域分散型の小規模検査センターも必要だろう。

厚労省・感染研

COVID-19に関するこれまでの対応では、2月一杯クルーズ船対応に追われ、結核感染症課を中心とした厚労省のリソースが全てその一点に集中してしまったことを反省すべきである。パンデミック対応を戦争に擬えるのは好みではないが、やはり作戦指揮本部が必要である。今回のようなパンデミック対応に経済ダメージに対する配慮や総合的な政府の判断は不可欠で、対応が省庁を越え、官邸レベルになったのは当然だった。しかし、無症状者への対応、検査システムの迅速化と充実、医療資源の確保、介護施設への対策等々、もっとも重要な戦略戦術の中核は医療であり、厚労省が担うのが当然である。

厚労省のパンデミック対策では、突然全員が現場対応となり、心身ともに疲弊する。いざとなると職員は家に帰れない、眠れない状態となり、それが繰り返されてきた。結核感染症課の機能をよく考え直す必要があるだろう。

感染研は、筆者が長く在籍した医科研の片割れだということは上に述べた。尊敬する先輩や親しい友人も多い。しかし、今回大きな問題点が露呈してしまった。感染研のルーツは大学、アカデミアである。旧予研が上大崎から戸山に移転する際には、予研を総合的な研究所にして国立国際医療研究センターと合わせて戸山に日本のNIHを作ろうとした動きがあった。それを阻止し、感染症対応の機関として残すように尽力した人達の考えは「感染研を日本版CDCにする」だった。しかし、人が変わるとともにルーツであるアカデミア根性が出てしまう。研究したい、研究人材を採りたいのである。所長が2、3代変わると、「感染研はNIHとCDCを合わせた組織」という意見が強くなった。2014年~2016年に感染研評価委員長を務めた際、筆者も「感染研はNIHとCDC」の考え方を許容したが、今では反省している。研究がしたければ、がんその他のナショナルセンターのように独立法人化した方が良いだろう。しかし一方で、行政にリンクした感染症研究機関は必須であり、この機にしっかり議論すべきである。

レギュラトリー・サイエンスの必要性

今回筆者も初めて知ったことだが、行政検査が障壁になって民間機関が感染症危機対策に参画できなかったのではないか。

行政検査は必要と思うが、感染症検査の費用を適正化する議論が必要だろう。今回、核酸検査が保険点数化されたことで既に多くの企業が参入し、今後の参加に興味を示す企業も多い。結核感染症課と感染研で対応してきたこれまでの感染症研究や対策だけではダメである。国立医薬品食品研究所や国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所、さらには大学等を巻き込んだオール・ジャパンのパンデミック研究、対策が求められている。

[引用文献]
  1. Tang, X. et al., On the origin and Continuing evolution of SARS-CoV-2. National Science Review. doi:10.1093/nsr/nwaa036
  2. MacLean, O.A. et al., No evidence for distinct types in the evolution of SARS-CoV-2. Virus Evolution 6(1):veaa034. doi:10.1093/ve/veaa034
  3. 黒田誠.新型コロナウイルス SARS-CoV-2 のゲノム分子疫学調査.2020年6月14日閲覧 
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  4. 岩本愛吉.傳染病研究所の系譜から見た日本の感染症対策略史.モダンメディア 64(5): 3-11, 2017 
    http://1.33.172.30/modern_media/backnumber/pdf/2018_05/001.pdf
  5. 小髙健.傳染病研究所 近代医学開拓の道のり.1992年.学会出版センター
  6. 橋本英樹.平成32年度大学院説明会.2020年6月14日閲覧 
    http://www.m.u-tokyo.ac.jp/sph/wp-content/uploads/2019/06/SPH_orientation_20190601.pdf
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    http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kouzou2/hyouka/chousa/iryoubukai17/sankou2.pdf
  9. 厚生労働省「これまでの地域保健対策の経緯」2020年6月14日閲覧 
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    https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta4504&dataType=1&pageNo=1
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