日本医師会 COVID-19有識者会議
情報, 診療, 2.検査

PHRを基盤とするCOVID-19対策

山本 景一和歌山県立医科大学情報基盤センター 准教授
石見 拓京都大学環境安全保健機構附属健康科学センター 教授
注:この記事は、有識者個人の意見です。日本医師会または日本医師会COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
  • 我が国ではCOVID-19のクラスター対策として保健所での積極的疫学調査が行われている。COVID-19対策として開発すべき情報システムは、保健所での積極的疫学調査支援と共に、個人の健康管理や地域の空き病床管理、その他多岐にわたる。
  • 我々は健康観察パーソナルヘルスレコード(PHR)アプリを用いて、積極的疫学調査における濃厚接触者の健康観察業務を大幅に効率化することができた。
  • デジタルトランスフォーメーションの本質は社会のデジタル化を大前提として事業や業務プロセス自体を変革させることであり、業務上で生成される電子データの高度な利活用が必須である。保健所における積極的疫学調査等の現場の業務効率化と共に、国や都道府県の対策本部、医療機関、企業等に迅速にCOVID-19対策立案のための電子データを集約することが重要である。
  • COVID-19をはじめとした感染に関わる情報は社会的な差別などを引き起こし得る機微な情報でもあり、十分な情報セキュリティ対策、本人の意思での活用を前提とした仕組みの構築が求められる。今後普及が期待されるPHRサービスにもこうした機能を求めていく必要がある。
  • 一人ひとりが自身の健康に関する意識を高め、PHRを用いて日々の健康管理を行う習慣が、急速に蔓延する感染症に対抗する強力な武器となるであろう。 

はじめに:我が国の新型コロナ感染症対策

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中で猛威を振るっている。新興感染症対策では一般に感染連鎖の探索を行い感染者・濃厚接触者の早期発見・早期隔離が行われる[1]。しかし、COVID-19の特徴として多くの感染者が無症候や軽症であることが挙げられる。日常生活を平常通りに過ごす無症候・軽症者が感染源となるため、全ての感染連鎖を見つけることは極めて困難である[1]。中国では、武漢等の厳格な都市レベルの封鎖・外出禁止を行う事でウイルスをほぼ完全に制御したが[1]、我が国では法律的にも同様の強制的な社会封鎖を行うことは難しい。

「患者クラスター(集団)」とは、連続的に集団発生を起こし、大規模な集団発生(メガクラスター)につながりかねないと考えられる患者集団を指す。全ての感染者が2次感染者を生み出しているわけではなく全患者の約10~20%が2次感染者の発生に寄与しているとの研究結果があり、我が国では患者クラスターの迅速な検出と的確な対応を行う保健行政としての「クラスター対策」を中心とした感染拡大防止策が実施されている[1]。

まず「3密を避ける」など、各個人ができるだけ感染しにくい行動をとるように推奨される[2]。感染者が発見された場合は隔離され、保健所で国立感染症研究所発行の「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」に基づく積極的疫学調査が行われる[3]。積極的疫学調査の対象は、患者(確定例)や無症状病原体保有者などの感染者と、濃厚接触者である。感染者が見つかった場合、積極的症例探索として感染者の発症2日前からの行動調査が行われ濃厚接触者が探索される。感染連鎖が明らかでない感染者周辺にはクラスターが発生している可能性があり、感染者が複数発生している場合などには発症前14日間を目途に共通暴露源の後ろ向き探索も行われる。加えて濃厚接触者は、感染者の感染可能期間の最終曝露日から14日間、発熱や呼吸器症状、倦怠感等の健康観察が行われる。感染者は原則、入院隔離されたうえで必要な治療を受けるが、無症状者や軽症者は自宅やホテル等の宿泊所で療養させる対策が取られる[3]。

このようなクラスター対策を行い感染者の早期発見・早期隔離を行うことで、感染の蔓延と重症者数の増大を抑制し、医療機関の負荷の軽減を図ることができる。しかしクラスター対策は一般に非常に多くの労力が必要である。我が国では長らく大規模な新興感染症の流行はなく保健所業務の縮小が行われてきた経緯もあり[4]、感染拡大時の保健所の業務過多が大きな課題となっている。

感染者数がクラスター対策可能な上限を超えた場合、いわゆる「ハンマー&ダンス戦略」[5]として大規模な接触制限を行わざるを得ない。我が国では4月から5月にかけて緊急事態宣言に基づく全国レベルの大規模な行動自粛が行われたが経済への影響も大きく、こうした事態を未然に防ぐことが求められる[6]。現在、我が国も従来以上に多くの感染者が発生する第3波に襲われ、クラスター対策のみでは感染拡大を防ぎきれない事態も想定される。しかし地方都市などではクラスター対策のみで感染を制御できているところも多く、クラスター対策が重要であることに変わりはない[1,4]。

PHRを活用したCOVID-19対策ネットワーク構築

COVID-19対策ネットワークとして開発すべき情報システムは、保健所の積極的疫学調査支援と共に、個人の健康管理支援、地域の空き病床数の管理支援、その他多岐にわたる。

以下にPHRを活用したCOVID-19対策ネットワーク構築に必要な情報システムの例を示す。

個人の健康観察用PHRアプリと健康観察データ可視化ツールの導入

PCR検査には一定の限界がある。感度が低く偽陰性の可能性が排除できないために、たとえ陰性であっても感染していないことの証明にならない[7]。また検査時点で感染していなくてもその後に感染しないという保証もない。よってPCR検査の利用と併せて、各個人が自身の健康に関する意識を高め、適切に日々の健康状況の観察を行うことが重要である。

COVID-19のクラスター対策においては、自宅やホテル等の病院外での健康観察の効率的な仕組みの構築が喫緊の課題になる。医療機関で発生する診療情報は、電子カルテ等に医療専門職が記録を行うシステムが確立している。しかし、健康時に医師の指導もない状況で日々体温を測り経時的な変化を見て行動変容につなげていくという習慣は社会的に根付いておらず、病院外での自律的な健康観察は容易ではない。

超高齢化社会を迎えている日本にとって、平均寿命と健康寿命のギャップを埋めることが喫緊の課題であり、健康寿命の延伸にパーソナルヘルスレコード(PHR)の普及が期待されている。PHRとは、個人の生活に紐付く医療・介護・健康等に関するデータ(Person Generated Data)を本人の判断のもとで利活用する仕組みであり[8]、日々の体調管理に適している。PHRを用いて、日々の歩数を測定し活動量を把握する、日々の体重測定で食べ過ぎを予防する、毎日の検温で感染徴候を早めにキャッチする、など自発的に健康状態をチェックすることで、個人の体調管理やセルフケアが容易となる。【図表1】

図表1
感染症対策としての自宅での健康観察の重要性: 日常における健康観察にはPHRが最適

健康観察の結果は保健所等の調査、医療機関での診療時などに活用できることが望ましい。健康観察では、高齢者や年少者など自身で健康観察を行えない場合もあり、介護専門職や保護者等の健康管理者と情報を共有しつつ観察を行うケースもありえる。そのために健康観察PHRアプリにおける観察項目を標準化するとともに、健康管理者や医療機関などとも効率的に健康状況を共有できるデータ可視化ツールの導入も有効である。

健康観察PHRアプリを導入し日々の健康状況を記録することで、何か問題があった時に後から振り返ることができるため、学校での対面授業やスポーツ競技大会などのイベント前後の健康調査に活用できる。企業等の組織の管理者は社会的説明責任を果たすことができ、アプリユーザは誰かに健康状態を観察してもらっているという安心感を得られる。健康観察の実施を前提とした社会活動を行うことにより、積極的疫学調査への協力のみならず、感染症の早期発見や自発的な自宅隔離を行い、感染蔓延防止に寄与することが可能となる[9-11]。

健康観察パーソナルヘルスレコードアプリによる積極的疫学調査支援の事例

京大データヘルス研究会は、京都大学健康科学センターが主管するライフロングPHRの研究開発を行う研究会である[12]。また「健康日記」は、京都大学発ベンチャーである株式会社ヘルステック研究所が開発したPHRである[13]。

日々の健康観察とCOVID-19の観察項目とでは、後者のみに疾患特有の項目はあるものの、大きな差異はない。我々は、PHRにCOVID-19特有の観察項目を収集できるように拡張することで、効率的にCOVID-19に関する病院外での健康観察を実施できるのではないかと考えた。京大データヘルス研究会他の有志が集まり、COVID-19のための健康観察機能をPHR「健康日記」に付加し、一般向けに無償提供することとした[9-11]。

当初は学校や企業等の小さなグループでの健康観察を効率化することを想定し開発を行った。しかし和歌山市で新規のCOVID-19感染者が発生し、和歌山市保健所の要請でアプリを積極的疫学調査で利用することとなった。国立感染症研究所の調査項目への対応を行い、保健所の健康観察業務効率化のためのデータ集計用Excelマクロの作成を行った[9-11]。【図表2】

図表2
PHRアプリ「健康日記」の画面イメージとデータ集計EXCELマクロの例

当該積極的疫学調査では調査対象者72名のうち、アプリでの調査を選択した方は79.2%(n=57/72)、自発的メール送信率は86.7%(n=632/729)であった。アプリ導入前は調査対象者全員に電話で健康状態のヒアリングを行っていたが、4人の疫学調査担当者で2時間以上必要であった。健康観察PHRアプリの導入で、疫学調査担当者が1人で健康観察を実施できるようになった[9-11]。本人の意思による健康観察の報告がCOVID-19対策にも有用であることが示唆された。本アプリはその後ユーザビリティ向上のために改良を繰り返し、2020年12月24日現在で、企業・学校・病院・自治体を中心に全国の6万以上のユーザで使用されている。【図表3】

図表3
健康日記のユーザ数の推移と施設内訳
ユーザ数:61,703(12月24日現在)

積極的疫学調査支援と地域での病床管理

積極的疫学調査は、①感染者の行動調査による積極的症例探索、②濃厚接触者の健康観察、の2つの業務を行い、感染連鎖の発見と感染者の隔離を行うものである。保健所の業務過多が懸念されるなかで、調査を効率化するための情報システムの構築が求められる。さらには積極的疫学調査で得られるデータに加え、隔離先、感染者の診療経過や重症度のデータを都道府県や国などの対策本部に集約することで、感染者の隔離先決定、医療逼迫度の評価、流行曲線(エピカーブ)の作成、実効再生産数のリアルタイム算出など、COVID-19対策立案に有益な情報を得ることができる。

我々の健康観察PHRアプリは②の濃厚接触者の健康観察業務を大幅に効率化できた。①の積極的症例探索を効率化するアプリとして、接触者追跡(コンタクトトレーシング)アプリが世界的に導入されている[14]。接触者追跡アプリは、COVID-19の感染者を登録すれば、その人の近くにいた方に「濃厚接触していた」との通知が届くアプリである。グーグルとアップルからAPIのみが提供され、アプリ自体は乱立を防ぐため一国一アプリとし各国の公衆衛生機関が提供元になる。我が国では厚生労働省が「接触確認アプリ”COCOA”」という名称で提供している[15]。

接触者追跡アプリは人口の60%以上が導入しなければ有効に機能しないとの試算があるが[14]、アプリで個人情報を扱わないとしてもセキュリティの懸念が払しょくできず、先行して導入した諸外国と同様に我が国でもダウンロード数は12月9日現在で2,137万件と十分な数に至っていない[16]。加えてCOCOAではメールを受信した方の行動変容が主な目的であり、感染者が自発的に感染したことをアプリに登録する形で運用されているが、陽性者登録数は3,936件に留まっている[16]。

積極的疫学調査支援に最適化した接触者追跡アプリの利用方法としては、保健所で把握している積極的疫学調査対象感染者の全例登録を行うことで陽性者登録数を増やし、通知を受けた方が自発的に保健所等に設置された専用窓口に届け出るようなモデルが考えられる。全ての方が自発的に届け出る可能性は低いと思われるが、それでも一定の業務量削減効果はあるかもしれない。

また接触者追跡アプリは感染者自身の行動調査をサポートしていない。感染者の行動調査に利用可能なアプリとして、我が国では「足あとトラッカー[17]」の例がある。「足あとトラッカー」はスマートフォンの全地球測位システム(GPS)機能を使って10メートルごとの位置情報と1分単位の滞在時刻を記録するものである。多くの場合、GPSの行動データは個人のプライバシー保護の観点から利用困難な場合もあるが、適切な秘密保持のもとでの保健所の行政調査である積極的疫学調査のみの利用あればご協力いただける方も多いのではないか。

これらの「感染者行動調査」「接触者追跡」「健康観察」アプリを我が国の実情に合わせて適切に組み合わせて使用すれば、積極的疫学調査を実施する上での補完関係として業務効率が向上する可能性がある。

またホテル等の宿泊所や自宅で療養される方について、医師や看護師等が遠隔で療養管理を行うケースが想定される。我々の健康観察PHRアプリは厚生労働省の自宅・宿泊所療養者向け健康観察項目に対応している。これに加え、療養管理を行う医師や看護師が担当の療養者を一覧で閲覧でき所見等を入力できるアプリと、効率的なデータ可視化ツールが必要である。

さらには感染者の隔離先を効率的に決定するための病床管理として、地域全体の感染者の隔離先病院・宿泊所の空き状況を一元管理し、日々の感染者の治療状況や重症度の情報を対策本部に集約し、最適な病床・宿泊所の割り当てを支援する情報システムを開発する必要がある。

COVID-19への対応を通じて見えた課題と今後の展望

COVID-19対策情報システムの現状

データサイエンスの進展と共に、我が国でもデジタル庁が新設されるなど社会的にデジタルトランスフォーメーション(DX)推進の機運が高まっている[18]。DXとはデジタル技術とデータを活用することにより業務改革を行うことである。特にCOVID-19対策では本格的に数理モデルを活用した感染症疫学が導入され、自治体や国の対策本部の意思決定のための迅速な電子データ収集とデータ利活用の意義が高まっている[19]。

しかし積極的疫学調査を含むCOVID-19対策の現場では、主にExcelか紙の様式にデータを記入しFAXでの送受信によりデータ収集が行われていた[20]。国家レベルの新興感染症対策情報システムとしては、以前から、感染症の発生動向を調査する感染症サーベイランスシステム(NESID) [21]と、災害時に病院の稼働状況や医療器材等の確保状況を一元把握するための広域災害救急医療情報システム(EMIS) [22]が運用されていた。しかしNESIDは感染症発生届を医療機関から保健所や都道府県にFAXで報告を行う仕組みのためリアルタイムな情報把握が困難であり、濃厚接触者の情報もなく積極的疫学調査の支援には馴染まなかった。またEMISはサージカルマスクや滅菌手袋などのCOVID-19対策に必須の医療資材の情報収集ができなかった。よって新たに新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS) [23]と新型コロナウイルス感染症医療機関等情報支援システム(G-MIS)[24]が構築された。

HER-SYSはインターネットを利用して医療機関から感染症発生データを直接入力しデータベース化する仕組みである。従来の保健所から都道府県を経由して国に情報が届くまでの時間を大幅に短縮することで国全体の感染状況をリアルタイムで把握することを意図し、濃厚接触者の健康観察などの積極的疫学調査支援機能や自宅・宿泊所療養者を含む感染者の状況管理機能を実装したCOVID-19対策のための総合システムとなっている[23]。

しかし導入時には、業務フローを紙での届け出から電子入力に大きく変更したため、医療機関やデータ分析を行う国立感染症研究所感染症疫学センターでのユーザID発行が間に合わず、新規業務としての二段階認証によるログインやデータ入力の負担増大など、大きな混乱が見られた。また地方自治体では従来から閉域ネットワークである総合行政ネットワーク[25]が使用されており、インターネットによるデータ共有のセキュリティや、独自運用の既存システムからの移行の懸念も寄せられた。加えてデータ入力項目が非常に多く、データ精度管理にも懸念があり、実際に入力したデータが本当にクラスターの解析などに利用できるか不明であった。2020年5月より利用が開始されているが、現在も運用改善中である[26]。

パンデミック時の情報システム開発とデジタルトランスフォーメーションの本質

パンデミック時の緊急の情報システム開発は、平時の情報システム開発と異なる。平時の情報システム開発は、組織の全体最適化による業務効率向上やコスト削減を目的に実施されることが多い。一般に劇的な業務改革を実現するためには、新システムの運用に合わせて要員配置や業務フローなどの組織のルールを大幅に変更することが求められる。

一方でパンデミック時には、通常業務に加え激務の新たなパンデミック対策業務を上乗せする形になり、迅速性と現場の業務負荷軽減が最も重要な課題になる。業務フローや要員体制の変更を検討する余裕も乏しく、詳細なマスター設計やシステム間の結合テストの余裕もないため、部門横断で全体最適を図るようなシステムの導入は難しい。

加えて積極的疫学調査は自治体の保健所が行うが、自治体の保有する個人情報は自治体ごとの「個人情報保護条例」が規律しているため、一般に自治体の個人情報保護とネットワークセキュリティは非常に厳しく、通常の執務室のLANから外部のWEBページの表示やSNSの利用が制限されていることも多い[9]。例えばクラウド等に健康観察データを保管し濃厚接触者と保健所がデータ共有を行うような仕組みを構築するのであればセキュリティ関連の審議が必要で、市や都道府県全体を巻き込む大規模な取り組みになってしまう[9]。よって多少の使い勝手や手間を犠牲にしてでも、現行業務運用の中で情報環境を変更せずにシステム改変やツール提供と最小の組織変更のみでピンポイントに業務改善できるような方法を検討しなければならない。我々の健康観察PHRアプリが広く受け入れられた要因の一つは、小グループの健康観察での利用を想定し、アプリとExcelとメールが利用できる環境さえあればすぐに導入できるシステム構成にしたことである。これにより保健所レベルでの導入の可否の判断が可能であった[9-11]。

DXの本質は社会のデジタル化を大前提として事業や業務プロセス自体を変革させることであり、業務上で生成される電子データの高度な利活用が必須である。我々は積極的疫学調査の対象者の多くがスマートフォンを保持していることを前提として業務プロセスを見直し、保健所から電話をしてデータ収集するというプッシュ型の業務から、対象者が自主的にスマートフォンでデータを送信するプル型の業務へと変革した。

COVID-19対策業務もデジタル化を前提に、感染症発生届や積極的疫学調査等の現場の効率化と並行して、収集された質の高い電子データを迅速にデータベース化し都道府県や国の対策本部等に届けることで、データとエビデンスに基づく意思決定を実現できる。COVID-19対策は都道府県を主体に行われ、各地で様々なシステム開発が行われている。より迅速な対応のために、新システムと連携しこれらの既存システムが保有するデータを電子化・収集・統合し活用する戦略も考えられる。そのためには収集されたデータを統計処理可能なように項目名・型・桁・コード等を標準化し、CSVやJSONのような一般的な電子データ形式に変換するためのデータ仕様を作成しなければならない。

各都道府県が日々感染者集計をホームページに公表している。また国立感染症研究所より積極的疫学調査のための行動調査票(感染源・接触者探索)や接触者健康観察票がExcel形式で公表されている[27]。しかし残念ながら、これらのデータを統合し統計処理を行うための標準化されたデータ仕様は、未だ公表されていない。

今後の展望

今後の更なる感染拡大時には、クラスター対策に加えて、各個人がより一層感染を避ける行動を徹底するとともに、自発的な健康管理による休職や休学などの社会生活のコントロールを行うことが重要になるであろう。

PHRによる健康観察から生成される電子データを個人の健康管理に利用し、様々なシステムと連携させることによりクラスター対策業務を効率化し、全国共通の標準化されたデータ仕様で都道府県や国の対策本部に質の高いデータを集約する新興感染症対策ネットワークの構築が必要である。そのためには感染症対策のデータ項目の標準化を国などが提示し、複数のサービス間で情報共有が可能な仕組みを構築するとともに、PHR利用の基本ルールの整備が課題となる。

新興感染症対策は、感染症が流行し始めてから準備を開始しては明らかに遅く、平時からの体制整備が重要である。しかし数年に一度、あるいは数十年に一度の大規模感染症対策に多額の資金を投資しシステムを維持し続けることは社会的にも困難である。

感染症対策での観察項目は疾患特有の観察項目はあるものの、日常の健康観察の延長線上にある。PHRによる日常の健康増進活動を緊急時の大規模感染症対策に転用するアイデアと、そのための基盤整備こそが、不意の感染症拡大への迅速な対応を可能にするであろう。

日々の健康観察を大規模感染症対策の基盤とするためには、PHRの普及が鍵となる。COVID-19をはじめとした感染に関わる情報は社会的な差別などを引き起こし得る機微な情報でもあり、十分な情報セキュリティ対策と、本人の意思での活用を前提とした仕組みの構築が求められる。今後普及が期待されるCOVID-19対策以外の各種PHRサービスにも、こうした利用者が安心・安全に活用できる機能を求めていく必要がある。

健康データを自ら管理し自身の健康に役立てるという習慣の意義を社会全体に浸透させ、PHRによる健康観察の習慣を社会基盤として定着させていきたい。COVID-19対策での経験を活かし、新興感染症対策のみならず、市民マラソン・中高等学校でのクラブ活動・大規模災害時での健康管理他、様々な健康観察PHRアプリを開発し、社会全体の積極的な予防行動につなげていきたい。

まとめ

PHRを基盤としたCOVID-19対策ネットワーク構築の一例を示した。

COVID-19への対策は、我々に日々の健康を観察・記録し、健康増進に役立てるというPHRの本質に気づかせるきっかけにもなっている。

不意の感染症拡大に迅速に対応するために、日々の健康観察を標準化された形で記録・活用可能なPHRサービスの普及が鍵となる。感染に関わる情報は機微な情報でもあり、十分な情報セキュリティ対策と、本人の意思での活用を前提としたPHRサービスが提供される社会基盤の構築が求められる。

一人ひとりが自身の健康に関する意識を高め、PHRを用いて日々の健康管理を行う習慣が、急速に蔓延する感染症に対抗する強力な武器になると信じている。

[引用文献]
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  3. 国立感染症研究所. 新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年5月29日暫定版). https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/2019nCoV-02-200529.pdf
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  6. 齋藤潤(日本経済研究センター).緊急事態宣言の経済学(200.8.3). https://www.jcer.or.jp/j-column/column-saito/2020083-2.html
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