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わが国のワクチン接種の優先順位付けの特徴

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COI(利益相反)

注:この記事は、有識者個人の意見です。COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。

  • わが国における新型コロナウイルスワクチンの優先接種は、施設入所者や居宅サービスの受給者を特段優先しない、施設従事者の優先順位が65歳以上の高齢者よりも低いという点で例外である。居宅サービスの提供者を優先している国はわが国を含めて一部あるが、わが国で対象となるのは訪問看護ステーションの従事者のみである。
  • 従前の予防接種法では国が優先順位を指示することはできず、法改正によって実現した。しかし、あくまでもこれは新型コロナウイルス感染症の予防接種に対する特例であることから、次の新興感染症には別の措置が必要である。これは新興感染症に対する備えという点で問題である。
  • 認知症、精神疾患を持つ人を優先接種の対象としている国は、G7では日本とドイツのみである。検討の経緯から学会提出の意見が一定の役割を果たしたことがわかる。しかし、これらの人に対する実際の接種の状況は不明である。
  • 新型コロナウイルス感染症のような新興感染症に対して脆弱な集団がいることをあらためて認識する必要がある。また優先順位付けに関して諸々の観点から妥当性を検証した上で、今後起こりうる事態と整合的な法や制度の整備が必要である。

わが国におけるワクチン接種の優先順位の概要

わが国のワクチン接種の総接種回数は8,401万回、1回以上接種者は4,886万人(全人口の38.4%)、2回接種完了者は3,515万人(同27.6%)である。3,549万人の65歳以上の高齢者については、1回以上接種者の割合は85.7%、2回接種完了者は73.1%となった(いずれも7月30日公表)。開始時期の遅れ、6月後半からワクチンの供給が不安定になる場面、十分に接種が進む前の第5波の拡大はあるものの、一日あたりの接種能力は100万回を超えている[1]。

わが国のワクチン接種の優先順位の基本的な方針は、2020年12月25日に厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会で提示された。当初、優先接種を行うのは医療従事者等(約400万人)、高齢者(約3,600万人)、基礎疾患を有する者(約820万人)、高齢者施設等の従事者(約200万人)、60〜64歳の者(約750万人)の順とされた[2]。その後、基礎疾患を有する者の範囲に関する意見が17学会に求められ、2021年3月18日に修正案が提示された。精神神経学会からは海外の知見を基に重度の精神疾患等を持つ者を対象に加えるという意見が提出された[3]。

最終的な優先接種の対象は、医療従事者等(約470万人)、高齢者(約3,600万人)、基礎疾患を有する者(約1,030万人)、高齢者施設等の従事者(約200万人)、60〜64歳の者(約750万人)の順とされ、医療従事者と基礎疾患を有する者について上積みされた[4]。医療従事者の上積みは訪問看護ステーションの従事者等であり[5]、基礎疾患を有する者の上積みは重度の精神疾患や知的障害を持つ210万人が追加されたことによる。最終的な優先接種の対象者数は6,050万人である。

わが国の接種順位の国際的な特徴

施設従事者

各国のワクチン接種に関する優先順位付けの対象が異なる背景には被介護者数、また被介護者に対するケアの提供のあり方などの他に、科学的根拠の反映、どのような人が脆弱かという認識にも依存するだろう。

International Long-Term Care Policy Networkは2021年1月に各国のワクチン接種政策における優先順位等を取りまとめ、公表している。ここではG7に含まれる日本以外の国の状況に加え、筆者がわが国での優先順位を追加した【図表1】を示す[6]。

図表1
高齢者、介護サービス従事者などのワクチン接種の優先順位
引用文献6に基づき一部の国の介護サービス関係のワクチン接種の優先順位を整理した。さらに引用文献4に基づいてわが国の状況も筆者の整理で追加した。

わが国では高齢者は優先順位の上位に位置づけられているが、施設入所者や居宅サービスの受給者であるという属性に基づいて優先されることはない。

レポート中の22カ国では、施設従事者は全ての国で優先されている。しかし、わが国の施設従事者の優先順位は基礎疾患を有する者、60−64歳の者と同じであり、65歳以上の高齢者よりも後であるという点で諸外国と比べるとやや例外である。1月14日に田村厚生労働大臣に対して全国老人福祉施設協議会、全国老人保健施設教会、日本認知症グループホーム協会の連名で要望書が提出されている。この中では入所者と従事者への同時接種による負担軽減に加え、「また高齢者施設においては、施設内感染の原因の多くが職員によるものと考えられ、職員に同時に接種することによりクラスター対策に資するものと思われます」と述べられており、感染対策上の有用性が訴えられている。

居宅サービスの従事者

日本では居宅サービスを担う訪問看護ステーションの従事者が優先接種の対象となったが、International Long-Term Care Policy Networkのまとめでは、居宅サービスの従事者を優先接種の対象にしている国はカナダ、フランス、ドイツなどであり、それほど多いわけではない[6]。

日本看護協会、日本訪問看護財団、全国訪問看護事業協会は2021年1月15日に田村厚生労働大臣と厚生労働省健康局長宛として「新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの訪問介護師等への早期接種に関する要望書」を提出している[7]。しかし、居宅サービスを提供する職種には介護福祉士、理学療法士をはじめとして数多くの職種が含まれる。関連団体も連名で菅内閣総理大臣宛の要望書を提出したものの[8]、訪問看護ステーション以外の居宅サービスの従事者は優先接種の対象にはならなかった。

感染拡大の当初から高齢者の重症化リスクに加え、集団での生活、また従事者を媒介した感染の心配から、居宅サービスでの感染対策の重要性は広く認識されてきた。早い時期に地域単位で居宅サービスの崩壊が起きたのは広島県三次市の事例である。

新聞に依拠して経過をまとめると、まず4月8日に広島県三次市(人口約5万人)のデイサービスを利用している80代の女性の感染が確認された(読売新聞2020年4月13日夕刊)。当初この事業所では利用者20人、訪問介護員3人とその親族3人、知人1人の感染が確認された。女性は少なくとも4つの介護事業所を利用しており、この女性にサービスを提供した介護員のサービスを受けた別の1人も感染したことから、介護事業所を通じて感染が拡大していることが懸念され、市内の事業所は次々に自主的に営業を停止した(毎日新聞2020年4月14日朝刊)。結局、市内4事業所で合計39人の感染が確認され(毎日新聞2020年11月27日朝刊)、市内の84事業所のうち76事業所が自主休業またはサービスの提供を縮小した(読売新聞2020年4月26日朝刊)。濃厚接触者325人の検査が行われ、4月24日には広島県が三次市にサービスの再開が可能であることを通知し、終息するという経緯をたどっている(読売新聞2020年4月26日朝刊)[9]。

わが国では同一法人が同一拠点で施設サービスと居宅サービスの両方を提供していることが多く、また居宅サービスの利用者も複数の事業所からサービスを受けていることが普通なので、利用者と従事者のリスクが輻輳しうる。また統計によると居宅サービスの利用者は施設サービスの利用者よりも多く、政策的にも居宅サービスに誘導されている(2020年ではそれぞれ384万人と95万人)[10]。これは感染制御対策における脆弱性である。

居宅サービスに関連する団体からの要望があった居宅サービスの従事者の優先接種は、なぜ実現しなかったのだろうか。このことに関連してイギリスから興味深い考察が発表されている。イギリスの介護施設(care home)に対する政策的な対応が遅く、不十分だったことに関する考察であり、その理由として構造的・縦割り的な特徴、政治的・社会文化的な要因を提示している。前者は、国として医療は一体的な仕組みであるNHSが担当しているのに対し、介護は財源からしても地域毎の対応になり、分断され、複雑な仕組みになっているという説明である。後者はこれとは別の次元の問題であり、医療関係の団体と比較すると介護関係の団体はよく組織化されておらず、十分に声を上げ、行動できなかったとされている[11]。これはイギリスの事例であるが、他国でも同様の事情があてはまるのではないだろうか。

予防接種法の特例としての法改正

実際には自治体の運用によって施設従事者、居宅サービスの従事者に対して早期に接種を行った事例もあるようだ。

ワクチン接種の実施にあたっては予防接種法および検疫法が改正された。ワクチン接種の位置付けの議論が開始された段階では、同法の「臨時接種」の対象として「疾病のまん延予防上緊急の必要」があると整理されながらも、臨時接種の実施主体は都道府県または市町村で、さらに市町村に指示できるのは都道府県のみであることから、優先順位について国が関与できる制度ではなかった。2020年12月の法改正によって新型コロナウイルス感染症の予防接種は、特例として対象者、期間等、使用ワクチンに関して国が都道府県を通じて市町村に指示できること、国が費用を負担することなどが定められた。また、臨時接種では接種勧奨の実施、接種を受ける努力義務があるが、新しい疾病とワクチンであることから有効性と安全性に配慮し、適用しない対象者を規定できることも定められている。

なぜ市町村で優先順位に関して個別の運用が可能なのかは不明である。従来の臨時接種の枠組みでは市町村が実施主体なので、法改正の主旨が十分に浸透しなかった可能性がある。

一方で7月下旬からのオリンピック・パラリンピックを控え、接種のスピードを上げるために職域接種が導入されたことにより、結果的に重症化リスクを前提として組み立てられた優先順位自体の意味が薄れたとも言える。

従前の予防接種法は、新型コロナウイルス感染症への対応には整合的ではなかった。新興感染症が発生し、安全で有効なワクチンが存在しえた場合に、接種順位を付ける必要があることは従前から想定できた。今回は特例として位置づけた法改正が行われたが、これは別の新興感染症には別の立法措置が必要であることを意味する。法的根拠がないために事前の備えができないことは、今後も同様の事態が発生しうることを考えると深刻な問題である。

認知症や精神疾患を持つ人への接種

認知症、神経疾患を持つ人を対象としている国は、G7では日本とドイツのみである。ドイツとイギリスでは学習障害を持つ人も優先接種の対象としている。日本がこのような人を優先接種の対象者に加えられたのは、エビデンスに基づく学会からの要望があったからであることは、予防接種・ワクチン分科会での議論の経過から明らかである[12]。

しかし、重症化リスクが高い認知症、精神疾患を持つ人たちの接種状況、一般人口との比較の結果をこれまでに見たことがない。国が運用している「ワクチン接種記録システム」(VRS)の実績入力ではこれらの人たちへの接種実績を入力する項目がないため、実績の把握はできないと思われる。今後、学会や研究班による調査で明らかにすることが望ましい。ちなみに「新型コロナウイルス感染者等情報把握システム」(HER-SYS)でも、認知症、精神疾患の有無は入力項目として設定されていない。したがって、罹患した者における認知症、精神疾患の有病者の割合を国が把握することもできないと思われる。

生態学的研究であるが、米国の疾病対策センターではCDC social vulnerability index(SVI)という指標を用い、ハワイ州とカリフォルニア州の一部を除く全米3,129の郡(county)毎のワクチン接種状況の評価を行っている。SVIには家計レベルでの所得、失業率,居住形態、保有する交通手段、人種等に加え、障害を持つ人との居住の状況などの15の指標が含まれている。

これらをまとめた4つの観点(社会経済状態、世帯構成と障害、人種と言語、居住と交通)に基づいて郡毎の脆弱性(vulnerability)を四分位に分け、さらに各指標の中央値で全郡を2つに分け、18歳以上人口に対するワクチン接種割合を推定している。2020年12月14日から2021年5月1日までの期間で対象人口の54%が1回以上の接種を受けたが、四分位で見た時に最も脆弱性の程度が高い第4四分位と第1四分位のワクチン接種割合の差は、大都市、非大都市などの地域と関係なく存在した。全体では第4四分位の49.0%に対し、第1四分位では59.3%の接種割合だった。4つの観点の中では「社会経済状態」(第4四分位44.3%、第1四分位61.0%)、「世帯構成と障害」(第4四分位42.0%、第1四分位60.1%)について、四分位間の差が大きかった。障害を持つ人の割合で郡を2つに分けた場合(中央値15.4%)、中央値を下回る郡での接種割合は56.3%、中央値以上の郡では43.9%だった[13]。

わが国でも認知症、精神疾患を持つ人たちの接種割合がそれ以外と比較して低い可能性はある。理由の一つは本人の同意取得の困難さにあるが、日本臨床倫理学会からは「認知症や意思疎通が困難な人の新型コロナワクチン接種ため決定手引き」が出されている[14]。このような手引きを参照することで、現場での運用は改善すると思われる。

まとめ

新興感染症対策において種々の対策に優先順位を付けることは必要である。本稿では新型コロナウイルス感染症のワクチン接種の考え方を国際的に比較しながら、この感染症に対して脆弱であったり、感染のリスクが高いにも関わらず十分に配慮がされていない集団がいることを述べてきた。おそらく各集団の政治的な力、社会的な認識が施策の内容に影響を与えるのである。

本稿では介護サービスの従事者、認知症、精神疾患を持つ人に触れたが、他の観点はいくらでもある。例えば、影響を受けやすかった業種や非正規雇用の人たちはもちろんのこと、ワクチンの職域接種を受けられるような大企業で従事していなかった人たち、在宅勤務によって家庭における家事や育児の負担が高まった女性などがいることも忘れてはならない。定義されずに「エッセンシャルワーカー」と呼ばれていた人の範囲も考えるべきである。

今後は優先順位付けが効果的に行われたのかという観点に加え、諸々の観点、例えば科学的、倫理的、経済的、政治的に妥当だったのかを事後的に検証する必要がある。一連の出来事においてデータの不備はわが国の欠点であり、残念ながら現状では事後評価を円滑に行うためのデータも十分ではないだろう。

以上を踏まえ、予見できる事態と整合的な法や制度の整備が必要である。

[引用文献]
  1. 首相官邸. 新型コロナワクチンについて.https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html(2021年8月1日閲覧)
  2. 第43回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会.新型コロナウイルスワクチンの接種順位等についてhttps://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000711249.pdf(2021年8月1日閲覧)
  3. 公益社団法人日本精神神経学会.新型コロナウィルスワクチン優先接種対象について(回答).https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000755193.pdf(2021年8月1日閲覧)
  4. 第44回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会.新型コロナウイルスワクチンの接種順位等について https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000755192.pdf(2021年8月1日閲覧)
  5. 日本看護協会、日本訪問看護財団、全国訪問看護事業協会.新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの訪問看護師等への早期接種に関する要望書.https://www.jvnf.or.jp/home/wp-content/uploads/2021/01/210115youbousho.pdf(2021年8月1日閲覧)
  6. Lauter S, Lorenz-Dant K, Perobelli E, Caress A, Sinha SK, Arling G, Comas-Herrera A. International living report: Long Term Care and COVID-19 vaccination, prioritization and data. LTCcovid.org, International Long-Term Care Policy Network, CPECLSE, 26th January 2021. https://ltccovid.org/wp-content/uploads/2021/01/COVID-19-vaccine-and-LTC-prioritization-and-data-26-January-3.pdf(2021年8月1日閲覧)
  7. 全国老人福祉施設協議会、全国老人保健施設教会、日本認知症グループホーム協会.新型コロナウイルス感染症に係るワクチン接種について(要望).https://www.roken.or.jp/wp/wp-content/uploads/2021/01/ce1bde2c4f86080c10a27be6218156b6.pdf(2021年8月1日閲覧)
  8. 全国老人福祉施設協議会、全国老人保健施設協会、日本看護協会、日本介護福祉士会、全国デイ・ケア協会、日本訪問リハビリテーション協会、日本介護支援専門員協会、日本福祉用具供給協会.新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの接種について(要望).https://www.roken.or.jp/wp/wp-content/uploads/2021/01/15313fa1ba4cdfaecab331e7c8c4c375.pdf(2021年8月1日閲覧)
  9. Estévez-Abe M, Ide H. COVID-19 and Japan’s Long-Term Care System. LTCcovid.org, International Long-Term Care Policy Network, CPEC-LSE, February 27, 2021. https://ltccovid.org/wp-content/uploads/2021/03/ltccovid-Country-Report-Japan_Final-27-February-2021-1.pdf(2021年8月1日閲覧)
  10. 厚生労働省.令和3年 厚生労働白書. https://www.mhlw.go.jp/ wp/hakusyo/kousei/20-2/dl/10.pdf(2021年8月1日閲覧)
  11. Daly M. COVID-19 and care homes in England: What happened and why? Soc Policy Adm. 2020;54:985–998. https://doi.org/10.1111/spol.12645
  12. 第44回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会議事録.https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_17896.html(2021年8月1日閲覧)
  13. Barry V, Dasgupta S, Weller DL, et al. Patterns in COVID-19 Vaccination Coverage, by Social Vulnerability and Urbanicity — United States, December 14, 2020–May 1, 2021. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2021;70:818–824. DOI: http://dx.doi.org/10.15585/mmwr.mm7022e1
  14. 日本臨床倫理学会.認知症や意思疎通が困難な人の新型コロナワクチン接種のための意思決定の手引き.http://square.umin.ac.jp/j-ethics/pdf/working%20group_2021.pdf(2021年8月1日閲覧)

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